なぜあなたは「何もしたくない」のか?その理由と疲れの原因教えます! 毎日を楽しく生きる方法は、これ!

はじめに

 

 

 

 

なんか、とくに理由はわからないけど、とかく「何をするのも億劫で、何をする気にもならない」って気持ちになることって、よくありますよね?

 

 

 

私の若い頃も、そうでした。

 

 

 

というか、私の場合はそれが病気レベルで現れてきて、ほぼ廃人だった時期が数年あったんですが、この点は後述します。

 

 

 

ところで若いあなたには、この「何もしたくない」という気持ちが、あなたが少年期であったときのものと、少し違うと感じることは、ありませんか?

 

 

 

それは少年期のものは、「あ~、メンドクセーな」ですんで、課題や宿題についても、イヤイヤでもやろうとすれば、できたということ。

 

 

 

ところが、青年期になってからのものは、とかくこの無気力な時期が長い。

 

 

 

そして「イヤだという気持ち」が深く、ずっと続いていく。

 

 

 

ある意味で、そのやる気のなさが、病的レベルにまで達している。

 

 

 

違いますか?

 

 

 

どうして、そうなるのでしょう?

 

 

 

そして、それに対する解決策はあるのか?

 

 

 

ここはズバリ、あなたの努力次第でなんとかなるということは、述べておきます。

 

 

 

では、青年期におけるこうした心理について、私が自身の経験から学んだことにもとづき、説明していきます。

 

 

 

 

第一章 「何もしたくない」には、2つのケースがある。まず「短期的ケース」とは?

 

 

 

 

 

はじめに、「何もしたくない」という心理状態ですが、これには青年期の初期に、強いうつ状態に悩まされた私には、2つの種類があると考えます。

 

 

 

それは、短期型のものと長期型のものです。

 

 

 

まず、短期型のものをご説明しましょう。

 

 

 

こちらは、疲労やストレスや悩み事が蓄積されたため、現れるものです。

 

 

 

それを感じ取った脳が、「頼むから、休ませてくれ」と、あなたに信号を送っているものと考えればいいでしょう。

 

 

 

このご自分の「何もしたくない気持ち」を、どう判別するかは、簡単なことです。

 

 

 

それは、そうした焦りがいつからあなたの脳に浮かぶようになったか、思い出してみることです。

 

 

 

それがあるときから急に、疲れとして湧いてきたなら、前者、すなわち短期的なものである可能性が強いです。

 

 

 

もしそうであれば、あなたは脳が命じるままに、数日間、何もせずに寝ていれば、たいてい回復します。

 

 

 

これは、肉体の疲労同様、脳を休ませることで、ほとんど治まります。

 

 

 

なぜなら脳もまた、肉体の器官であるため、休息さえあたえられれば、後は勝手に動き出すからです。

 

 

 

たとえば、もしあなたが変なものを食べ、胃痛になったとしましょう。

 

 

 

このときは、ただしばらく食べるのを控え、必要な栄養は点滴等でまかなえば充分なはずです。

 

 

 

というのは、あなたのカラダというものも生き物であるため、あなたが意識せずとも、勝手に「生きていく」という方向に動いていくはずだからです。

 

 

 

これは私の経験でも、そうしたときにはカラダが欲するものを食べ、なにも食べたくなければ、そのようにする。

 

 

 

そしてゆっくりと入浴し、寝込んでいたら回復をしたというケースで、例外なくやり過ごせました。

 

 

 

要は、カラダを温めて血行を良くすることで疲労を抜き、カラダが求める栄養を取るということです。

 

 

 

ちなみに私の経験を申せば、これには文字通りグッタリして無気力になるものと、イライラ・カリカリして、なにも手がつかなくなるものがあります。

 

 

 

これはあくまで私の直感的判断ですが、前者の場合は、脳のエネルギーそのものがガス欠になっているのだと思います。

 

 

 

そして後者の「イライラする」は、脳の歯車が空回りしているのだと想像します。

 

 

 

つまり、疲労している部分が、前者では全身なのに対し、後者では局部的ということです。

 

 

 

そのため後者は、脳や肉体の動く部分は働くが、一部は疲労やダメージのため、麻痺しており、全体の動きがおかしくなっている症状だと見ます。

 

 

 

ただしこれも私の経験によると、どちらの症状が出ても、カラダを温めてゆっくり休めば、回復できるところは、共通しています。

 

 

 

なお、あなたがそうした精神状態になったときには、上に挙げた例以外にも、唐突にあなたを襲ったトラウマや心労も挙げられます。

 

 

 

それはたとえば、勇気を出して好きな異性に告白したのに、相手に冷たくあしらわれた、急に肉親の不幸に見舞われた、等です。

 

 

 

こうしたときもまた、脳が急激なショックに見舞われたため、それを回復するための時間が必要だと、考えましょう。

 

 

 

これは、たとえば肉体が打撲を受けた、急な運動で疲労したなどのとき、休息が必要なのと、おなじことです。

 

 

 

 

 

第二章 短期的な「何もしたくない」の正体と対処法

 

 

 

 

 

ただしこの際には、注意が必要です。

 

 

 

それは、変に生真面目な人ほど、自分の脳が発する「休ませてくれ」というサインを、「怠け心」と判断してしまうことです。

 

 

 

この点については、若い頃の私も同様でした。

 

 

 

ふだん愚直に、毎日おなじことをくり返している人ほど、精神状態がつねにフラットで、変化を嫌います。

 

 

 

ですからそうした人は、自分のココロが「義務をこなす」ことができない状態になったとき、それを「怠惰=怠け心」と、とらえてしまうのです。

 

 

 

そんなときに、「自分はダメなんだ」と自責してしまうと、ますますムリをする、そうしてますます疲れてしまうという悪循環に陥ります。

 

 

 

そうならないよう、ふだんから「いつもの自分」を考えておきましょう。

 

 

 

あなたはふだんは、怠け者ですか? いつもあなたは、無気力ですか?

 

 

 

この点を吟味し、自覚しておくのです。

 

 

 

そしてもし、通常の自分がそうでないとわかったならば、「何もしたくない」と思っても、それは怠けではありません。

 

 

 

一時的な、または疲労やストレスが溜まった上での、脳からのサインです。

 

 

 

とかくそんなときは、生活に最低限のことだけして、後は脳や肉体が回復するまで、ずっと休んでいましょう。

 

 

 

 

第三章 愛情不足ゆえの「何もしたくない」の危険性

 

 

 

 

 

さて、この章からいよいよ、深刻な状況である「長期的な、何もしたくない」について語っていきます。

 

 

 

まずあなたは、ご自分の「何もしたくない」気持ちが、どのくらい続いているか、考えてみましょう。

 

 

 

もしあなたが20代前半ならば、その状態が2年、3年とずっと続いていて、その気持ちが当り前になりすぎている。

 

 

 

そしてそれが自分でも自覚できなくなっているなら、要注意です。

 

 

 

もしあなたがそうなら、ココロの命ずるままに行動していると、最悪の場合、引きこもりになったりするほどの危機をはらんでいます。

 

 

 

なぜ私は、そう言えるのか?

 

 

 

この点については、私の経験から説明していきます。

 

 

 

まず、あなたがそうした「精神的なほら穴」にハマったのは、おそらく10代後半から20代前半の、「青年期」からだと思います。

 

 

 

というのは、もしあなたが子どものときからずっと、「極度に無気力な少年」であったのなら、現代ではその時点で、まわりの大人が気づいてくれると思うからです。

 

 

 

現代は、私の少年時代と異なり、臨床心理学も発達しており、子どもの発達障害や自閉症などについての理解も、かなり普及しています。

 

 

 

ですからその場合、あなたが集団生活をしていて、極度にまわりから浮く子だった場合、おそらく親御さんや学校の先生が、それに気づいてくれたでしょう。

 

 

 

またそうでなくても、注意事項があります。

 

 

 

まず人は少年期には基本的に、勉強をする以外の義務はありません。

 

 

 

ですから学校の成績が良く、いい大学に入れれば、問題なしと、あなたのまわりの大人は勝手に判断します。

 

 

 

ところがじつは、ここに大問題の根源が潜んでいるのです。

 

 

 

というのは、人は少年期に、自分の両親やまわりの大人から、愛情を受けたかそうでないか。

 

 

 

この点が、その人の一生を決定的に方向づける要因となるからです。

 

 

 

そして、10代後半くらいの少年や少女が、幼少期から愛されて育ったかどうかは、上に挙げたように極端なケースでなければ、判断がつきがたいのです。

 

 

 

それというのは、その子が単におとなしくて内向的なだけなのか、あるいは愛情不足によりいつも暗いのか、はたからは見分けがつかないということです。

 

 

 

そうしてもし、あなたが少年期に充分な愛情を受けてない人で、すでに20歳を超えているなら、そのしわ寄せが、その後、一気にやってきます。

 

 

 

 

 

第四章 「愛情の不足」による、無気力感

 

 

 

 

まず人はなぜ、少年期に充分な愛情を受けねばならないか?

 

 

 

それは端的には、自分が家族から離れ社会に出ても、自力で違う愛を得て、社会活動に参入するためです。

 

 

 

また人間のみならず、あらゆる生物にとって「」とは、厳しい自然や社会を生きていくにあたってあたえられる、唯一の報酬です。

 

 

 

生命体は「愛」を確信することで、自分も自分が生きている共同体の一員だと自覚し、「生きる」ということに真剣になります

 

 

 

そうして生物は同時に、自分の「種」を存続させるために関与します。

 

 

 

人間も同様に、「」により社会で生きていく動機をあたえられます。

 

 

 

その結果として、人類の存続・繁栄に貢献しつつも、自分も人類の共同体のなかで、幸せになるため、愛は必要なのです。

 

 

 

この点については、当サイト「自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます」の第一~第六章を参考にしてください。

 

 

 

「自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます」
https://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html

 

 

 

 

またよって、幼少期に「」を得られなければ、「厳しい社会を生きていく報酬」が理解できません。

 

 

 

つまり自分が、なんのために過酷な社会を生きなければいけないのか、わからないでいるのです。

 

 

 

さらに、「愛情欠乏家族」のなかで育つと、例外なく「社会という海を泳いでいく方法」が、教えられません。

 

 

 

ですから当然あなたは、「生き方も知らず、報酬もない社会で、生きていく意味がわからない」と、無気力になります。

 

 

 

それがあなたの何もしたくない」の根源であり、あなたの少年期の終わりから青年期の初めにかけて生じた、やる気のなさの正体でもあるのです。

 

 

 

また私が先ほど述べたように、「あなたは、その心理状態を肯定してしまうと、引きこもりになる可能性さえある」というのは、そういうことです。

 

 

 

なぜなら引きこもりとは、「社会的な人間関係を構築できない」、「あえて苦労してまで、社会で生きる意味がわからない」、という点が原因で、そうなるのですから。

 

 

では次章より、私の青年時代はどうだったか、私はどのように、自分の無気力を克服したか、を述べていきます。

 

 

 

またそれがどのように、あなたの事例解決に役立つか、できるだけ具体的かつ詳細に説明していきます。

 

 

 

 

 

第五章 育ちと環境により、病気になるべくしてなった、青年期の私

 

 

 

 

私は幼い頃からいわゆる、「機能不全家族」で育ちました。

 

 

 

「機能不全家族」とは、家族を構成する人間たちのココロがバラバラで、その結果、家族が同じ方向を向いていない。

 

 

 

よって、社会が各家庭に期待する機能を果たせないでいるため、子どもの発育等に問題が発生しやすい家族のことです。

 

 

 

日本ではなんと、全8割の家庭が、これに該当するといわれております。

 

 

 

どうして、そんなことになったのか?

 

 

 

私の場合は、どうだったのか?

 

 

 

については、下記サイトの第一章から第八章までに書かれていますので、そちらを参考にしてください。

 

 

 

「自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます」
https://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html#i-5

 

 

 

その結果、私は19歳のとき、自分にはなんの中身がないことに気づいたのです。

 

 

 

および、その3年前から使っていた、副作用の強い抗アレルギー剤の影響で、私はすっかり精神に変調をきたし、自殺を図りました。

 

 

 

それは幸いにも未遂に終わりましたが、それから私には、通院と闘病の日々が始まったのです。

 

 

 

それから3年、私は22歳になるまで、「いますぐ死にたい」という強烈な希死観念、自殺願望に、不断に苦しめられることになります。

 

 

 

とにかく当時の私は、いつも自分のココロの空洞に悩まされており、なにをやってもそれが、「自分の実力」として、蓄積されない気がしました。

 

 

 

ちょうど、底が穴だらけのコップに、水を注ぐような感じでした。

 

 

 

また、そんな状態がいつまでも続くような気がしていました。

 

 

 

ですので、とかくどんなカタチでもいいので、「決着」がほしかったのです。

 

 

 

当時の私の精神状態については、下記ページの第九章「寂しさからひたすら逃げるか、寂しさを友として、大業を目指すか」を参照にしてください。

 

 

 

「なぜあなたは、寂しい気持ちに苦しめられるのか?それを満たす根源的方法」
https://nayamimuyou.net/cocolo/なぜあなたは、寂しい気持ちに苦しめられるのか.html

 

 

そんな状態でしたので当然、私はなにに対する意欲も持てませんでした

 

 

 

私の場合はまず、元来から繊細すぎる神経と薬の副作用にくわえ、愛を知らずに育ったことが、病気になった根因といえるでしょう。

 

 

 

それにくわえ、年齢が「青年期」という時代に入ったことから、病むべくして病んだといえます。

 

 

 

 

 

第六章 「何もしたくない気持ち」に打ち勝ち、少しずつ歩を進めた、私の青春時代

 

 

 

 

 

上述したように、若いころの私は、青年期という過渡期にあって、すべてが安定していませんでした。

 

 

 

そしてとかく、「野球のボールがどこかから飛んできて、頭に当たって死ねないかしら」のように、どんなカタチでもいいので、決着を望んでいました。

 

 

 

それでも私は、「この状態は、いつか終わる」と信じるしかありませんでした。

 

 

 

そうしてそのツライ青年期が終わったときに、立派にふるまえる人間になることを
想定して、孤独に耐えたものです。

 

 

 

というより私はそのとき、発想を逆転させて、以下のように考えていました。

 

 

それは、いまは時間ばかりがあるだけで、呼吸をしている瞬間さえ苦しいが、もしこの時期が過ぎたら、それは逆に、そんな期間は人生で二度と持てないのではないか。

 

 

 

ならば「いま」は、修行の時間と考え、とかく虚無感と「生きていたくもない」という気持ちは激しいが、それに負けずに、とにかく有意義に過ごそう、と。

 

 

そうして私は、空手道場に週2回は通い、空手の練習は自宅でもやり続けました。

また当時の私は、どうにかアルバイトだけはできていました。

 

 

 

そのときに考えたことは、1日をバイトだけで終わらせることは、なるべくしないで、バイト後に自分なりの学習をしよう、ということでした。

 

 

 

事実、当時はいろいろなバイトをしましたが、残業でもないかぎりは、1日に2時間は、自分の時間が確保できました。

 

 

 

その時間を、文学や歴史の学習や空手の練習に当てたのです。

 

 

 

結果的にその試みは、後々に活きることとなります。

 

 

 

文学や歴史を勉強したことは、数年後、本格的な哲学や宗教学を勉強する際の、強固な基盤となりました。

 

 

 

また空手の練習は、後にカラダの動かし方の習練、および体力をつけるという意味で役立ったのです。

 

 

 

そうして22歳のとき、そうした私の習慣が少しだけ、私の実力となり、わずかですが生きるのがラクになってきました。

 

 

 

それから私は23歳のとき、2度目のアメリカ留学に向かいました。

 

 

 

 

第七章 「何もしたくないあなた」が選べる、3つの道

 

 

 

 

 

あなたはおそらく、程度の差はあれど、かつての私と同様の精神状態にあると思います。

 

 

そして、その自分の側を過ぎ去る一刻、一刻の時間に対し、なすすべなくイライラと億劫な気分になっていることでしょう。

 

 

 

ですが、上記のような青春を生きた私から言えることは、以下です。

 

 

 

その苦しい時間を、『新たな自分を創りなおす機会』ととらえ、『自分の好きな自分』を、創出してほしい」ということです。

 

 

 

まず人間とは、生育した環境により、性格や能力が規定される存在であることは、他の生物と変わりありません

 

 

 

またあなたがそのように、自己存在やご自分の時間を持てあましているのには、ちゃんとした理由があります。

 

 

 

というのは、元来的に人間とは、「自分の望むもの」は、自分の努力や労働により、手に入れようとするものです。

 

 

 

しかしあなたの場合、生まれたときから、自分の生活に必要なものは、すでにそろっていた。

 

 

 

だから贅沢さえしなければ、そこそこ物質的には不自由のない人生が送れそうに思えるのです。

 

 

 

ただしこれからの世の中では、それさえも、よほど頑張らなければ手に入らない、という時代になりそうですが……。

 

 

 

ともかくもそうしたわけで、あなたは「生きる目的」そのものを持てあましているのです。

 

 

 

たとえば、いまから80年ほど前の戦中やその後の戦後社会では、人々は毎日が食うや食わずの生活でしたので、そんな悩みはありませんでした。

 

 

 

ですが現在の日本は明確に貧困化していますが、少なくとも最底辺の人でも、飢え死にしない程度には豊かです。

 

 

 

またどんな貧乏人でも、スマホを自由に使えるくらいには、社会は繁栄しています。

 

 

 

ならばあなたは、その裕福な環境を利用して、「自分による、自分の再創造」をしてみては、と私は申しているのです。

 

 

 

やや大げさに述べれば、これができるかどうかが、今後のあなたが引きこもりになるか、逆にチカラを蓄え、羽ばたいて生きていくかの境目だとさえ、私は思います。

 

 

 

ですがもちろん、小市民的な生き方を目指し、社会にそこそこに適応していく道というのも、ございます。

 

 

 

現在では、「脱・引きこもり」や自己啓発セミナー、自己啓発本などは、たくさんあります。

 

 

 

そうしたもののなかから、ご自分に合ったものを厳選し、自分なりに楽しく生きて行けそうな道を探すのも、いいでしょう。

 

 

 

むしろ私は、それが可能ならば、いちばん無難な生き方だと、思います。

 

 

 

ところがまず、これからの世の中は、はたして個人にそんな甘い人生を許してくれる時代か、という問題があります。

 

 

 

この記事を書いているのは、2020年の5月ですが、現在の国際社会は、たいへんな状況にあります。

 

 

 

そもそもがこの30年間、経済成長がほとんどなかった先進国は、日本だけでした。

 

 

 

しかし中国・武漢より発生したコロナ・ウィルスにより、世界中の国々が莫大な損失を受けました。

 

 

 

これにより、今後は日本のみならず、欧米各国や中国もまた、数年の停滞を余儀なくされるでしょう。

 

 

 

つまり現在は、世界全体が没落の危機にあるといって、過言でないのです。

 

 

 

そんななかで、日本に住んでいるあなただけが、これからもいままで同様の暮らしが保証されているとは、とてもじゃないが断言できません。

 

 

 

また、ムリに社会に合わせて、自分を過小評価し、小市民的な生き方を望んだ場合、死の間際になって後悔する可能性もあります。

 

 

 

これについては、2010年ごろ、オーストラリアの看護師、ブロニー・ウェアさんが、自身の経験をもとに、興味深い事実を、本にして発表しました。

 

 

 

ウェアさんは終末医療の看護師さんで、職業上、多くの死にゆく人たちを看取ってきました。

 

 

 

そのウェアさんによると、死ぬときに人がもっともたくさん語った後悔は、以下です。

 

 

 

 

 

〇他人の期待に沿うための人生ではなく、自分がやりたいことをやっておけばよかった

 

 

 

 

人はどうしても弱い存在なので、ついつい自分の意思よりも、まわりの環境や常識に流され、生きてしまいます。

 

 

 

これについては、自分の人生における決断についても、例外ではありません。

 

 

 

そうして自分の本心を、だましだまし生きていった最期に、人は大後悔に見舞われるのです。

 

 

 

さて、ここまで私はあなたに、3つの道をご紹介しました。

 

 

 

1つは、「何もしたくない」というご自分の気持ちに沿って、本当になにもしないで生きていくこと。

 

 

 

2つ目は、とかく「人並み」を目指し、自分のまわりや常識に合わせ、ムリなく生きていく道。

 

 

 

そして最後の3つ目は、「何もしたくない自分」に打ち克ち、現在の自分をおおきく自分自身で変えていく生き方。

 

 

 

どれを選ぶのも、もちろん、あなたの自由です。

 

 

 

ですが私はやはり、あなたが人生の最期になって俺は、自分の人生を生き抜いた」と、悔いなく満足できるものが、最善だとは思います。

 

 

 

 

第八章 「何もしたくないあなた」に勧める、文学作品や映画

 

 

 

 

 

とはいえ、現在の段階ではあなたは、「何もしたくない状態」をどう改善するにせよ、まだ具体的にどうすればいいか、わからないでしょう。

 

 

 

そこでここでは、そんなあなたのために参考になると思われる、文学作品、映画などを、ご紹介します。

 

 

 

これらについては、時間がなかったり面倒だったりすれば、ムリに鑑賞する必要はありません。

 

 

 

Amazon 等のレビューなどを参考に、気の向いたときに読んでみる、観てみるという感じで大丈夫です。

 

 

 

 

文学

 

 

 

 

『デミアン』……ヘルマン・ヘッセ著 

「その他大勢」の人と異なる人生を生きることは、「悪」なのか?  「自分の道」を生きることを決意した人が、取るべき覚悟とは、を教えてくれます。

 

 

 

〇『車輪の下』……ヘルマン・ヘッセ著

「世間の常識」による「正道」は、本当に万人を幸せにするものなのか、そうでないのかがわかります。

 

 

 

〇『レ・ミゼラブル』……ヴィクトル・ユゴー著

呪われた自身の前半生を、救いのあるものにするため、人のために生きた男の物語。私は大推薦しますが、とかくぶ厚いので、読む前にはご注意を。

 

 

〇『若き詩人への手紙』……リルケ著

「孤独であること」、「何もしないこと」が、もし人が芸術家等を目指すのなら、じつはとてつもなく重要だということを、教えてくれます。

 

 

〇『罪と罰』……ドストエフスキー著

究極的にどんな罪人でも人を救うのは、「愛」のみだと、実感できます。

 

 

〇『ナインストーリーズ』……サリンジャー著

若いときの精神的病理の正体が、物語でもって語られます。

 

 

〇『長距離走者の孤独』……アラン・シリトー著

若いときには、反抗的であること、社会の外側にいること(アウトローであること)も必要なことが、わかります。

 

 

〇『怒りのぶどう』……スタインベック著

どんなに希望がかなわなくても、希望を求め、あきらめないこと自体が、人間の希望なのだと教えてくれます。

参照 https://www.shinchosha.co.jp/book/210109/

 

〇『エデンの東』……スタインベック著

人間にとって、「愛」とは何か? 必要な「愛」を得られなかった人間は、どう歪んでいくかがわかります。

 

 

〇『シーシュポスの神話』……カミュ著

現代人にとって、終わることのない苦悩や労働は、どういう意味があるのか、考えさせてくれます

 

 

〇『恩讐の彼方に』……菊池寛 著

人のためになることを、自分の贖罪に選んだ男の物語。「人のために生きることが、結局、自分をもっとも活かす道だ」と、わかるでしょう。

 

 

 

漫画

 

 

 

〇「BANANA FISH」

どんな悪人や超人でも、苦しい人生を生きていく上での唯一の報酬は、「愛」だけだと、悟らせてくれます。

 

 

 

 

映画

 

 

 

〇「ショーシャンクの空に」

「希望を捨てない生き方」がどういうものか、実感できます。

 

 

〇「マグノリア」

現代のあらゆる病理は、「愛の不在」が原因だと、理解できます。

参照 https://www.amazon.co.jp/マグノリア-DVD-ジェレミー・ブラックマン/dp/B00OBJ911U

 

 

〇「グッド・ウィル・ハンティング」

自分の道を見つけるには、運命の人との出会いが必要だと、わかります。

 

 

〇「アメリカン・ビューティー」

「なすがまま、思うがまま」に生きたら、どうなるか。客観的には破滅でも、本人にとっては、ひょっとして最高の幸福かも……。

 

 

 

 

 

第九章 それぞれの生き方を選んだ人への、「何もしたくないくて、つらい」の対処法

 

 

 

 

 

ここからは、私が第七章で挙げた、自分で自分の人生を拓いていく生き方」を選んだあなたへの章となります。

 

 

 

ですからその他の、「なすがままに生きる」、「まわりに合わせて生きる」ことを望む人には、あまり役立たない内容となっています。

 

 

 

ただ、「なすがままに生きる」、「まわりに合わせて生きる」も一つの生き方ではあるので、もちろん私は、そうした人を見下しません。

 

 

 

また、そのような人たちに対する「何もしたくなくて、つらい」に対する回答は、ここで述べておきます。

 

 

 

流されるままに生きていたい人は、とりあえず現在、ゲームやビデオ鑑賞など、即物的にやりたいものだけ、やっていればいいでしょう。

 

 

 

そうすればやがて、それに慣れてきて、その生活が当り前になってきます。

 

 

 

そうするともう、「何もしたくなくて、つらい」とは、感じなくなるはずです。

 

 

 

そうした時間つぶしが日常となれば、もはや「自分の人生について、真剣に考えよう」とは、思わなくなるからです。

 

 

 

ただしもちろん、その生活をいつまでも経済的に支えてくれる人が、生きているとは、かぎりませんが……。

 

 

 

また、「人並みの人生を目指す」あなたは、そのとおりの努力を積めば、いいと思います。

 

 

 

少なくともその間は、社会に適応するのに精いっぱいであるため、何もしたくない」とは、ならないでしょう。

 

 

 

なぜならあなたには、目標があるからです。

 

 

 

あなたはただ、その目標に没頭すれば、いいだけです。

 

 

 

人は自分の目標に向かっていれば、それが本人にとって切実なものならば、他のことなど気にならなくなります。

 

 

 

ただしこれからの世の中は、上流を志してやっと中流に、中流を目指してやっとギリギリ食べていけるくらいになるであろうことは、認識していてください。

 

 

 

ですから数年後のあなたは、人並みを目指していたはずなのに、気づいたら、まわりも自分同様、貧乏人だらけになっていた」となる可能性も、濃厚です。

 

 

 

さてでは、これからは「自分で自分の人生を切り拓いていく生き方」を選んだあなたのために、どうすればいいか、述べていきます。

 

 

 

とかく前覚悟として、「生きる」にあたり、自分の人生を賭けて、結果がどのように出ても後悔しないということが、原則です。

 

 

 

なぜなら、平和なときでさえ個人の運命などわからないのに、これからの世界はますます、混迷を極めていくと思われるからです。

 

 

 

あなたがどんなに努力をしようと、それが報われないどころか、裏目に出てしまうことも多々あります。

 

 

 

ただそんなあなたのために、ドイツの文豪、ゲーテの言葉を下に贈ります。

 

 

 

 

少年のころは、打ちとけず、反抗的で、青年のころは、高慢で、御しにくく、おとなとなっては、実行にはげみ、老人となっては、気がるで、気まぐれ!――

君の墓石にこう記されるだろう。たしかにそれは人間であったのだ。(ゲーテ格言集 新潮文庫)

 

 

 

 

 

第十章 自分の苦しんだ経験を、他人や社会のために活かす

 

 

 

 

 

もっとも好ましいのは、自分の人生を生きつつ、それが他の人のためになる生き方です。

 

 

これは、第八章で私が勧めた、『レ・ミゼラブル』や『恩讐の彼方ににおける主人公の生き方といえば、いちばん近いです。

 

 

 

これを信条に生きれば、あなたの行動は即ー他人や共同体の利益になります。

 

 

 

社会的存在である人間ならば、この生き方がいちばん、本人にとっても、まわりの人間にとっても、幸せをもたらすものなのです。

 

 

 

この点については、以下のページの第四章と第五章を、参考にしてください。

 

 

 

 

「生きる意味」とは現代人にとって何か? 哲学的、科学的に説く
http://nayamimuyou.net/jinsei/「生きる意味」とは現代人にとって何か? 哲学.html

 

 

 

 

このポリシーは、ある意味で「社会事業」に近いです。

 

 

 

つまり、他人や社会の利益や発展を第一に考え、自分が行動するのです。

 

 

 

ですからその場合、あなたが助けた人が多いほど、あなたへのリターンは大きくなります。

 

 

 

あなたはただ、人や社会に幸せを提供することさえ考えていれば、自分への報酬は、後になって膨らんで返ってきます。

 

 

 

そのときにはとかく、いつのまにか自分の利益を中心に考えるようにならないよう、つねに気をつける必要がありますが。

 

 

 

また青年期の無気力感とは、それが重く苦しいほど、それを克服したときの自信は強くなります。

 

 

 

あなたは若いときに「葛藤」、「手応えのなさ」に打ち克って、自信を得たのです。

 

 

 

そのときのあなたはきっと、見た目も内面も堂々とした事業家になれているはずです。

 

 

 

また、あなたに才能があるならば、思想家や芸術家を目指すのも、アリです。

 

 

 

現代という時代は混迷としていますが、それは1991年の冷戦終結後、世界を牽引する確固たるイデオロギーが現れないからでもあります。

 

 

 

あなたは歴史を学び、洞察力を身につけ、数百年ぶりに現れた本格的な思想家、学者となるのです。

 

 

 

そうして世界の人たちに、これから進むべき道を提示することを目指すのも、いいでしょう。

 

 

 

または芸術家となり、現代や後世の人たちに「感動」をあたえ、彼らのココロのよりどころとなる道なども、いかがでしょう?

 

 

 

 

 

第十一章 いまがイヤなら、とかく「最初の一歩」を踏み出せ!

 

 

 

 

 

いずれにせよ、あなたの「何もしたくなくて、つらい病」は、いつかは消えてなくなります。

 

 

 

なぜならあなたは、大人になるにつれ義務や責任が生じ、あなたが精神的に成熟すれば、それらを自分に切実なものとして、果たすだろうからです。

 

 

 

義務や責任と格闘していればもちろん、「何もしたくなくて、つらい」などとは考えるヒマもなくなるに決まっています。

 

 

 

ただあなたが現状のままでなにもしなければ、たしかに「引きこもり」になる可能性は、充分にありますが。

 

 

 

それがイヤなら、ともかくも「最初の一歩」を踏み出すしかありません。

 

 

 

そしてこれがもっとも重要なことなのですが、あなたはどんな人生を生きるにせよ、「そこに根を張る覚悟」を持ってください。

 

 

 

そうすれば、自分自身からも他人や社会からも、責任を問われるので、それに対応し続けることで、あなたはどんどんと強くなれます。

 

 

 

私がここまで述べても、もしあなたにやりたいこと、やるべきことが見えてこないのなら、差し当たっては、「強い人間」になることを目指してください。

 

 

 

本当に「強い人間」とは、つねに自分にやってくる問題や難関に対し、逃げずに闘います。

 

 

 

決して彼らは、「何もしたくない」などと、弱音をはいたり、言い訳をしたりしません。

 

 

そうなるための具体策としては、武道でも習い事でも、自分で決めた目標に達するまで、絶対にあきらめずに頑張る習慣を身につけることです。

 

 

 

 

 

第十二章 自分を向上させ、「自分という根を張る場所」を見つけろ!

 

 

 

 

 

またそこから、あえて自分を苦しい立場に追い込むのも、有効です。

 

 

 

たとえば、会社で企画を立て、自分がその責任者になってみる等です。

 

 

 

そもそもが、何もしたくない」とは、前述したように、物質的な豊かさには恵まれているのに、それに反比例して、精神が成熟していないから、感じるものです。

 

 

 

つまりは究極的には、その人の対人関係、社会能力の貧しさによるものと、いえるでしょう。

 

 

 

なぜなら精神ができた人間ならば、「何もしたくない」などと、自分の人生を持てあますことなど、ありえないからです。

 

 

 

彼ならば、たとえば空いた時間ができたなら、「この時間を、どう有効に使おうか」と考え、それを実行に移すはずです。

 

 

 

だからこそ現在のあなたには、つねに決断と責任を責められる立場に身を置くことが、大切なのです。

 

 

 

もちろんそれは、いきなり会社経営者のようなものでなくて、かまいません。

 

 

 

趣味のサークルや、会社内での同好会での会長などから始めてみると、いいでしょう。

 

 

 

そこからじょじょに、レベルアップを図るのが、いいと思います。

または自分で決めたなにかを、期限を決め、確実にそれを実践する習慣を身につける等です。

 

 

 

そのときには、止めたくなるとき、投げ出したくなるときも、当然、出てくるでしょう。

 

 

 

ですから、それを始める前に、「現在の自分の能力で、6割もできたら満点」くらいの気持ちで、予定を立てるのです。

 

 

 

そうして達成目標を明確にし、ちゃんとそれを予定表やカレンダーなどに書き込んでおきましょう。

 

 

 

東大の入試でも、6割も正答すれば、合格です。

 

 

 

そうしてつらいときには、それを始める前に抱いた自分の夢を思い出し、挫折したときのみじめさを想定するのです。

 

 

 

つまり、自分自身を「飴とムチ」で、コントロールするのです。

 

 

 

そうして最初の数年はさまよっていても、じょじょに「自分にできること」を増やしていけば、大丈夫です。

 

 

 

やがてあなたはきっと、「自分が根を下ろすべき場所」を見つけるでしょう。

 

 

 

そこであなたは、強固な根を張り、あとはそれを守っていけばいいのです。

 

 

 

そのときにはあなたは、間違いなく「自分で自分の人生をコントロールできる、強い人」になっているはずです。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

何もしたくない」という気持ちには、短期型と長期型があります。

 

 

 

短期型ならば、それは大部分、疲労やストレスの蓄積によるもので、脳からの「頼むから、休ませてくれよ」というサインです。

 

 

 

この場合は、カラダを温め、とかくゆっくりと休息を取れば、自然と治ってしまう場合がほとんどです。

 

 

 

ところが長期的なものでは、病的兆候のケースが多いです。

 

 

 

それは幼少期からの愛情不足、および対人トレーニングの不足が原因となっており、ほとんどが青年期になって発症します。

 

 

 

この場合ですと、元来ならまわりの大人にあたえてもらうはずだった愛情やコミュニケーション能力を、自力で獲得するしかありません。

 

 

 

それは様々なトレーニングや、自分の未来に思いを馳せることで、若ければ充分に克服は可能です。

 

 

 

もしあなたが「何もしたくない」と、長期的に悩んでいる場合、3つの道があります。

 

 

 

それは現状維持と、人並みを目指すことと、積極的に社会に出て行くことです。

 

 

 

そのうち前者2者は、これからの厳しい時代を考えるなら、そのまま破滅する可能性が高いです。

 

 

 

ですがもし、あなたが後者の道を選ぶなら、「人や社会のために生き、自分を活かす道」を選べばいいでしょう。

 

 

 

そうして自分の選んだ場所で、確たる根を下ろし、それを守ることにより、どんどんと強い人になってください。

 

 

 

そのときこそが、あなたが本当に「幸せ」になれるときなのですから。

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
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この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

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