勇気を出して生きるのに必要なものは、忍耐力と先見性と決断力。勇気で、恐怖に打ち克て!

はじめに

 

 

 

 

ともかくも人生を有意義に生きるには、「勇気」が不可欠です。

 

 

 

なぜなら人間とは、自主的に目的を設定し、そこに到達しようという意志を持ち、それを実行できる唯一の存在だからです。

 

 

 

世の中というものがつねに、「平和の大道」であるならばいいですが、現状はそうではありません。

 

 

 

つねに人生とは「茨の道」であり、不用意にそこに足を突っ込んだら、大怪我をしかねないシビアなものです。

 

 

 

とくにこれからの、すべてにおいて自分の決断が自分に返ってくる「自己責任社会」では、ますます生きることが困難になっていくでしょう。

 

 

 

さらには、これまでには可能であった、フリーターのような「その場で安住し、なにもしない」という生き方は、今後はどんどんと厳しくなっていくはずです。

 

 

 

「なにもしなければ、その場で飢え死に」が、当たり前になるかもしれません。

 

 

 

国内、国際ともに競争が激化している現代では、若者をめぐる環境は、ますます厳しくなっていきます。

 

 

 

そんなときに現状から一歩、踏み出すのに必要なものは、なにおいても「勇気」です。

 

 

 

自分を変える勇気、困難に立ち向かう勇気、自分の生活や家族を守る勇気、それがなければ人間は、わずかな成長も望めません。

 

 

 

そこでこのページでは、「そもそも勇気とは、何か?」、「勇気を出すには、どうすればいいか?」を説いていきます。

 

 

 

第一章 これからは、「自分で自分を守る時代」となる

 

 

 

 

まず、あなたのおじいさんやおばあさんが生きた、昭和の戦後時代をふり返ってみます。

 

 

その時代は、大東亜戦争の終結により、日本中の国土は焦土と化し、インフラも壊滅的に破壊されました。

 

 

 

また日本には、アメリカ、中国、中東のような天然資源は、ほとんどありません。

 

 

 

文字通り、人はゼロから社会を築いていかねばなりませんでした。

 

 

 

ですが、この時代はそれでも、わが国に有利なことがあったのです。

 

 

 

それは、アメリカ・日本・ヨーロッパなどからなる西側諸国と、ソ連・中国などで構成される東側諸国との「冷戦」が、本格化したことです。

 

 

 

このとき事実上、敗戦によりアメリカの言いなりだった日本は、アメリカが中ソを武力で牽制するための基点となりました。

 

 

 

またアメリカは、軍事力で米ソに負けないよう、軍備をどんどんと増強しました。

 

 

 

そこで日本は、なりゆきからアメリカの「核(兵器)の傘」のもと、政治や国防をアメリカにまかせっきりにすることができました。

 

 

 

そうしてあらゆる労力を、自国の産業や経済を発展させることのみに、集中させることができたのです。

 

 

 

ですから当時の日本は、とくになにも考えず、まじめに盲目的な努力を払いさえすれば、勝手に成長できたのです。

 

 

 

また当時の日本は発展期だったので、怠け者であっても、多くを望まなければ、結婚もできたし、生活も不自由しませんでした。

 

 

 

「サラリーマンは 気楽な稼業と 来たもんだ」などと歌われたりもしたのです。

 

 

 

ところが、あなたが生きるこれからの時代は、そうはいきません。

 

 

 

まず、本人がしっかりしていなければ、国や会社が個人を守ってはくれないということは、「失われた30年」、「コロナ騒動」であきらかになりました。

 

 

 

この記事が書かれているのは、2020年の4月です。

 

 

 

少なくともこれから10~20年くらいは、一人ひとりが「勇気をもって」前に進むしかない時代に突入するでしょう。

 

 

 

そうした社会では、なにもしなければ、現状維持も成り立ちません。

 

 

 

それどころか、「生存の危機」までありえるのが、これからの時代です。

 

 

 

第二章 日本近代史における「勇気」のあり方

 

 

 

ところで、わが国における近代の歴史をひもとくと、「生きる勇気」をどこで発揮するかが、どう変遷してきたかが、わかります。

 

 

 

まず明治時代から戦後までは、世界的に戦争の時代でしたので、どんな職業の人も「お国のため」に働くことが要求されました。

 

 

 

軍人はもちろんですが、農家でも「お国を豊かにするために」働き、その子どもたちは「お国のために死ぬ」ため、戦争に駆り出されました。

 

 

 

実際に、「特攻隊」などという、完全な人権・人命無視の無謀な戦術もとられ、それに「死ぬ勇気をもって」志願した若者も大勢いたほどです。

 

 

ですがその結果は、「敗戦」という破滅をもたらしました。

 

 

 

けれどとかく日本国民はみな、「大日本帝国」のために、覚悟をもって命を差し出すことが、求められたのです。

 

 

 

そして次に、戦後です。

 

 

 

大東亜戦争によるアメリカとの戦闘で、日本はアメリカの物資と近代兵器により、コテンパンにされました。

 

 

 

事実は、日本側にまともな戦略さえあれば勝機はあったのですが、とかく当時の日本人は、原爆をはじめとするアメリカ兵器の質と量に圧倒されたのです。

 

 

 

ですから敗戦後、日本人は国家の行方をしばらく模索していました。

 

 

 

ところが1948年に勃発した朝鮮戦争により、日本はアメリカ軍の兵器や物資を製造することによって、「漁夫の利」ともいえる利益を手にしたのです。

 

 

 

これを「朝鮮特需」といいます。

 

 

 

おそらくこのあたりから、日本人はアメリカのように、経済的、物質的に豊かになる国にを目指すことが、国民の共通認識となったようです。

 

 

 

そしてまじめな人ほど、会社のために懸命に働き、また会社側も従業員に、「年功序列」、「終身雇用」という保証をあたえたのです。

 

 

 

そうした日本人の努力と国際情勢により、一時日本は、世界一の金持ちといえるほどに繁栄しました。

 

 

 

それが、「バブル時代」です。

時期にして、1980年代後半から、1991年までを指します。

 

 

ところがそのバブルも、1991年に「冷戦」の完全終結とともに崩壊し、後には多額の不良債権と、長きにわたる不況が残ったのです。

 

 

 

 

 

第三章 「勇気」とはなにか、ここで定義する

 

 

 

そうして2020年の現在、われわれ日本人は、国家も会社もアテにできなくなりました。

 

 

 

その結果、個々人が「勇気をもって、一人の日本人として」生きていかねばならない時代へと、突入したのです。

 

 

 

もちろんこの場合、国内の不安定で脆弱な市場ばかりをアテにせず、一人で国際社会に出て行く「勇気」も、必要とされるでしょう。

 

 

 

現代ではそのように、「日本人の一人ひとりが、“自分のために”勇気を出していきてくこと」が求められるようになったのです。

 

 

 

お国のために」でも、「会社のために」でもない点が、要注意です。

 

 

 

さて、ここでは、これまで私がさんざん使ってきた「勇気」という言葉を、定義したいと思います。

 

 

 

それは私なりに述べると、以下のようになります。

 

 

 

「対象に対し、思考力や忍耐力、努力を極限まで振り絞ってぶつかるときに、脳内に現れる恐怖や不安や絶望に打ち克って、前に進む精神力」です。

 

 

 

人はまず、困難にぶつかると、あきらめない限りは、「それをどうやって、克服しようか」と考えます。

 

 

 

そうして努力でもってチカラを蓄え、忍耐力をもって「時が来た」と思えるときまで待ち、そして勇気をもって、困難に挑みます。

 

 

 

ところが、そうした準備をいくら重ねても、自分の問題を解決できるとはかぎらないし、障害に弾き飛ばされる場合もあります。

 

 

 

そんなときに、不安や恐怖に打ち克ち、それでも対象に向かっていくチカラ。

 

 

 

それが「勇気」です。

 

 

 

この「勇気」には、知性や精神力が必要とされるので、「蛮勇」や「無謀」ともまた、異なります。

 

 

 

話がやや、抽象的になりました。

 

 

 

ここで、わかりやすい例を挙げます。

 

 

 

「勇気」とは、「もっとも賢く優秀な投資家に必須の能力」かもしれません。

 

 

 

まず優れた投資家は、それまでの経験から得た知性や分析力で、予測を最大限に進めます。

 

 

 

そうして自分で出した判断に従い、後は後ろをふりかえらず、未知の対象に対して投資をするか、あるいは自分の所有している資産を売却したりします。

 

 

 

またこのときには当然、「何もせず、退却」という選択肢も、もちろんありますが。

 

 

 

そうして自分の行動による結果がどのように出ても、その責任はすべて、自分で引き受けます。

 

 

これが私が思う、本物の「勇気」です。

 

 

 

こうした行動に出れば、物事がどんな結果に終わろうとも、「後悔」することは、ありません。

 

 

 

なぜなら、その決断に至るまで、彼は自分ができる最大限の努力を払ったのですから。

 

 

 

これについては、当サイトにおける私の以下のページを参考にしてください。

 

 

「後悔の念が消えず、いつも苦しいあなたへ。その解消法を教えます!」
https://nayamimuyou.net/cocolo/後悔の念が消えず、いつも苦しいあなたへ。その.html

 

 

 

 

第四章 逆転の発想により、とっさの勇気を出す方法

 

 

ここでもう少し、「勇気」の実例を出します。

 

 

 

18世紀の哲学者で、「イマヌエル・カント」という人がいました。

 

 

 

カントは、当時の哲学界で二分されていた二つの学説、「大陸合理論」と「イギリス経験論」を結合させた大人物です。

 

 

 

哲学界では、「カント以前、カント以後」と言われるほど、とてつもない影響力のある人物です。

 

 

そのカントの、幼少期における逸話をご紹介します。

 

 

 

カントが子どもだったころ、彼は母親に連れられ、ピクニックに行きました。

 

 

 

そこで山頂に立ったとき、思わずカントは、下り坂で走ってしまい、勢いが止まらなくなったのです。

 

 

 

しかもカントの前には、絶壁がありました。

 

 

 

そのまま進めば、少年カントは崖から墜落して、死亡したかもしれません。

 

 

 

それに気づいたカントの母は、カントに止まるように叫びました。

ところが、カントの足は止まりません。

 

 

 

そこでカントは発想を逆転させ、逆に全速力で坂道を下ったのです。

 

 

 

そして崖のところに達すると、思いっきりジャンプして、崖の向こう側に飛び立ち、一命を取りとめたのです。

 

 

 

ここから引き出せる教訓は、物事を瞬時に総合判断し、決断したら迷わずつき進むことです。

 

 

 

ところが、ほとんどの人にはそれができません。

 

 

 

いまのカントの例で述べれば、必死に止まろうとしても間に合わず、崖から転落死する人が大部分でしょう。

 

 

 

ではなぜ、人はとっさの判断を、勇気をもって実行に移せないのか?

 

 

 

それは、だれもが現状の自分が可愛いし、現状維持を望むからです

 

 

 

ところがこれからは、何度も申しますが、一人ひとりが勇気をもって決断し、生きていかねばならない時代です。

 

 

 

ならば、これを逆から述べれば、あなたにはこの状況はビッグチャンスともいえます。

 

 

 

なぜなら、あなたのまわりにいるのは、9割は勇気のない人なのですから。

 

 

 

それならば、あなたが勇気を出してコトに挑むだけで、あなただけ突出した結果を得られるかもしれないからです。

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第五章 「忍耐力」をどう身につけるか

 

 

 

 

さて、ここで「勇気」を出すために必要な要素を挙げていきます。

これは第三章で述べたように、以下の3つとなります。

 

 

 

それは、時期を待つ忍耐力、今後どうなるかを判断する先見性、そしてやるべきときには躊躇なく行う決断力です。

 

 

 

このなかでとくに重要と思えるものは、「いまだ!」と思ったときに、思ったことを行動に移せる決断力だと、私は思います。

 

 

 

とかく、この三者がそろったとき、人は本当の勇気を持てると、信じています。

 

 

 

では、そうした能力をどのように身につけるか、これを私の経験から説いていきます。

 

 

 

まず「忍耐力」から。

 

 

 

私の場合は、幼少期から発達障害、自閉症系の精神病と、アトピー性皮膚炎に悩まされていました。

 

 

 

ですからある意味で、そのとき感じている苦しみに耐えるだけで、おのずと人並み以上の忍耐力はついたと思います

 

 

 

ところが、あなたが健常人であれば、なかなかそうはいかないでしょう。

 

 

 

ならば、あなたが忍耐力を身につけるには、ご自分で決めたことを貫徹するという方法が、ベストだと思います。

 

 

 

たとえば、まず最初は自分で選んだ薄い歴史的な名著などを、なにがなんでも読破する、ということをすれば、いいでしょう。

 

 

これは、自分の関心や専門に近いもので、あくまで自分のチカラの6割くらいで読めるもので、実行すればいいと思います。

 

 

 

そうしたことを計画的かつ主体的に実践していくと、次には、その作者が書いた別の作品、あるいは、彼に影響をあたえた作家の作品などが、読みたくなってきます。

 

 

 

そうしたことを確実に行っていけば、最初は「点」だった読書への関心が、「線」、もしくは「面」へとつながっていきます。

 

 

 

つまり、自分が関与した分野の全体像が知りたい、さらにその分野に関係する、他のジャンルのことも知りたいと、思うようになっていきます。

 

 

 

すると、「自分は将来、どんな人間になりたいか、どんな仕事に就きたいか、どんなことができるようになりたいか」が、漠然とイメージできるようになります。

 

 

 

その際には、とくに最初の段階では、三日坊主で終わらないよう、とかく意地でもやり通す覚悟でいてください。

 

 

 

いちばん嫌気がさすのは最初だけで、やってしまえば、「なんだ、こんなものか」という気分になります。

 

 

 

そうしてそれを、習慣化して、「やらなければ、かえって落ち着かない」と思うくらいにまで、気持ちをもっていくといいでしょう。

 

 

 

そうすればあなたには、本物の知性が磨かれ、少なくともおかしな儲け話や詐欺、怪しげな宗教団体などには、騙されなくなります。

 

 

 

私の場合を述べますと、最初は文学、歴史から始め、その後、哲学、美学、倫理学、認識論、宗教学、政治学等へと関心を拡げていきました。

 

 

 

そのためこれまで、私は二度ほど、ネットワークビジネスや宗教の勧誘に遭ったのですが、どちらも冷静に断ることができました。

 

 

 

またこれはもちろん、読書でなくてもかまいません。

 

 

 

重要なことは、「自分が選んだことを、自分が立てた計画どおりに、確実に実行する」とという点です。

 

 

そして何をするかは、あなたが「自分は将来、どんな人間になりたいか、どんなことが、できるようになっていたいか」という基準で選べばいいでしょう。

 

 

 

すると、「いますべきことは、何か」が、より明瞭に見えてくるからです。

 

 

 

また自分で選んだことの実践を重ねていると、自分の未来像もより具体的になり、目標達成までの距離感もつかめてきます。

 

 

 

くわえて「自分が何をすべきか」と考えるクセをつけることは、後述する決断力をつけるための鍛錬にもなります。

 

 

 

 

 

第六章 ふだんの仕事のなかで、先見性を磨く

 

 

 

さて次に、なにかを勇気を出して行うとき、自分の決断に確信をあたえてくれる、「先見性」のつけ方を説いていきます。

 

 

 

これは、特別ななにかをしなければならない、ということはありません。

 

 

 

あなたがふだん行っている仕事のなかで、充分に身につけられる能力です。

 

 

 

では具体的にはどうするかといえば、ご自分の仕事を段取りから仕上げ、および他人と協力して行うことまで、全体像を描いて実行するのを習慣にするのです。

 

 

 

あなたはたとえば、上司から仕事をあたえられれば、おそらく漠然とそれを仕上げることだけを考えているでしょう。

 

 

 

その際に、「早く仕上げよう」くらいは思うかもしれませんが、その仕事の全体像、およびその仕事が会社のなかで持つ意味まで、瞬時に判断してみましょう。

 

 

 

すると、その仕事を仕上げるのに必要な時間や労力などが、だんだんと見えてくるようになります。

 

 

 

さらには、その仕事のなかで特に重要な部分や、優先すべき点なども、わかってくるでしょう。

 

 

 

そして仕事をあたえられるたびに、そうしたことをくり返すと、

 

 

 

あ、この作業を終わらせるには、どれだけ取り組めばいいか読めてきた」と思えてきます。

 

 

 

これが「先見性」というものであり、先見性があるのとないのでは、仕事の能率が格段に違ってきます。

 

 

 

私がそれに気づいたのは、少し前にバイトで試食販売の仕事をしていたときでした。

 

 

 

これは、毎日いろんなスーパーに行って、毎日異なるものを、お客さんに試食してもらい、買っていただくという仕事です。

 

 

 

ちなみにこの仕事では、同僚の9割が女性で、場合によっては仕事前に本格的な調理をする必要がありました。

 

 

 

そしてこの仕事は、私が勤めた会社の方針もあったでしょうが、準備から店じまいまで、基本的に従業員一人ひとりに、やり方は任されていました。

 

 

 

もちろん、複数人でチームを組んでやる場合もありましたが、そのときでも、チーム全体で判断し、もっとも合理的なやり方をみんなで考えるというものでした。

 

 

 

最初そこでは、私は最底辺の劣等生でした。

 

 

 

しかし仕事に慣れてくるうちに、どんどんと作業の先、先を読むということに慣れてきました。

 

 

 

これはたとえば、お客さんに声をかける場合、事前に会話のシミュレーションをしておくなどというものです。

 

 

 

最初こそは、お客さんがこちらの予想外の発言や行動をすることで、ずいぶんとペースを狂わされることもありました。

 

 

 

ですがそのうち、会話のバリエーションやお客さんのタイプも、ほぼ数種類に分類できることに気づきました。

 

 

 

するとさらに、お客さんを一見するだけで、その人の属性や独身者か既婚者か、購買意欲、経済状態まで察することができるようになったのです。

 

 

 

そうした先見性が身についてからは、仕事は大分、ラクになりました。

 

 

 

たとえば、最初から購買意思のないお客さんは、できるだけ相手にしない。

 

 

 

または、こうしたお客さんには、こうしたフレーズが有効といったことが、見えてきたからです。

 

 

 

そうしたことから私は、前述したようにその会社では当初は劣等生でしたが、1年もすると、全国的なトップセールスマンになれたのです。

 

 

 

さらに私は、一日における作業全体の流れも、そのときには身につけていました。

 

 

 

ですから、仕事における労力のペース配分や、一人のお客さんのために割くべき時間なども、把握できるようになっていたのです。

 

 

前に述べたように、「勇気」とは、「蛮勇」や「無謀」とは、似て非なるものです。

 

 

 

たとえ思い切った行動を取るにせよ、「勇気をもってなす」というのは、それなりの計算や勝機をもって行うということです。

 

 

 

ただただ体当たりするというようなやり方とは、まったく違います。

 

 

 

あなたもぜひ、日常の仕事のなかでも、とかく意識的に取り組むということを、習慣にしてみてください。

 

 

 

また「先見性」とは、あなたが学生だったり、なにかの習い事をしている場合でも、身につけることができます。

 

 

 

どんな分野でも、教師という人たちは、個々の事象は細かく教えられても、それが全体のなかでどういう意味を持つか、あまり把握していません。

 

 

 

そうしたことができ、なおかつ自分の授業で実践できる人は、私の経験では全体の1割もいませんでした。

 

 

 

だからこそあなたは、ご自分がなにかを習うのなら、数回の授業を受けた後、「全体から見た、自分のやっていることの意味」を考えるようにしてください。

 

 

 

すると、ご自分の目指すゴールがより鮮明になるし、またそこへ到達するためには、どれだけの時間と労力をかけねばならないか、見えてきます。

 

 

 

ならばあなたはきっと、漠然とそれを習っている人より、「勇気をもって」学習に挑め、かつ習得も早く、確実になるでしょう。

 

 

 

 

 

第七章 日常生活のなかで、決断力を磨き、その経験を蓄積しろ!

 

 

 

さて最後に、「勇気ある行動」を取るにあたって必要な3要素の一つ、「決断力」のつけ方です。

 

 

 

当然ですが、「勇気が必要な状況」とは、日常のなかにありながらも、非日常的な判断力を要求されるあり方を指します。

 

 

 

たとえば、あなたは翌日、お得意さんとの重要な商談があったとしましょう。

 

 

 

ところが今日の仕事も終わろうかという時間に、突如として、大口の取引き話がやってきました。

 

 

 

それは新規顧客とのものですが、取引き規模は、あなたが予定している商談の十倍もあります。

 

 

 

そして、その大口取引きの交渉は、明日しかできません。

 

 

 

つまりあなたは、お得意さんとのアポイントメントをキャンセルし、その新規顧客の話を聴くか、逆に大口のお客さんを諦めるしか、ないのです。

 

 

 

完全な、二者一択です。

 

 

 

そうしたときに要求される能力が、「決断力」です。

 

 

 

あなたは勇気を出して、決断力でもって、どちらを取るか、選ぶことが要求されます。

 

 

 

ここではこの決断力の身につけ方、即時にかつ適切な選択能力のつけ方について、お話しいたします。

 

 

 

まずこれも、先述の「先見性」のつけ方と同様、日常生活のなかで身につけることが可能です。

 

 

 

具体的にはどうするかといえば、ふだんの買い物から仕事の手順まで、「瞬時に選択する」というクセをつけることです。

 

 

 

これはたとえば、スーパーで「今日の夕食のおやつは、プリンにするか、ヨーグルトにするか」といったレベルから、行うことです。

 

 

 

そしてこれが最も大切なことなのですが、あなたは物事を選ぶ際の判断基準に、「どれが自分にとって、最重要か」を置くということです。

 

 

 

これは、短期的な意味でも長期的な意味でも、当てはまります。

 

 

 

たとえば先ほどの「プリンかヨーグルトか」の場合ですと、どちらを選んでも一長一短ですが、それでも「どちらが自分に重要か」を、その場で判断するのです。

 

 

 

あなたは甘いもの好きで、ひょっとしたら、食後はプリンを食べたいかもしれない。

 

 

 

ですが同時にあなたは、便秘体質で、ふだんからヨーグルトを食べるのを習慣としている。

 

 

 

どちらかといえば、食べたいのはプリン、でも健康を考えた場合、食べるべきなのはヨーグルトだとします。

 

 

 

そのときのあなたは、短期的に欲望を満たそうとするなら、プリンを選ぶでしょう。

 

 

 

また長期的な健康のためなら、ヨーグルトのほうが、良さそうです。

しかしプリンを食べると、太ってしまうかもしれません。

 

 

 

だからといってヨーグルトを選べば、「好きなものを食べられなかった」という後悔を、後々、感じるかもしれません。

 

 

 

そこであなたは、「自分の人生において、どちらが本質的に重要か、自分はなにを人生の最終目標に置いているのか」を、胸に手を当てて考えてみてください。

 

 

 

そこであなたはきっと、「たかだか食後のデザートのことで、大げさな」と思うでしょう。

 

 

 

ところが、人間が「いざ」というときに、勇気を出して決断するのには、日々のそうした習慣がモノをいうのです。

 

 

 

つまり、何事においても決断が早くかつ正確な人とは、日常生活での細かな選択から、一時が万事、そのように瞬時の判断力を鍛えているのです。

 

 

 

これは、意識的にであっても無意識的にであっても、です。

 

 

 

さて、あなたは結果としてスーパーで、プリンを選んだとします。

 

 

 

理由は、「大好きな甘いものをムリにガマンするすると、後でそれがストレスになりそうだから」だったとします。

 

 

 

ならばあなたは、迷わずプリンを購入してください。

 

 

 

後になって、「やっぱり健康を考えて、ヨーグルトにしよう」と、変更してはいけません。

 

 

 

とかくその日のあなたのデザートは、プリンに決まりです。

 

 

 

ですが、家に帰って夕食後にプリンを食べ終えたら、ちゃんと反省してみてください。

 

 

 

「今回の選択は、はたしてこれでよかったのか」と。

 

 

 

そうするとあなたには、今度はプリンとヨーグルト、どちらを選ぶかの判断基準がつきます。

 

 

 

たとえば、「今日はプリンだったけど、明日はやっぱり健康のため、ヨーグルトを選ぼう」と。

 

 

 

するとこれからあなたは、少なくとも「夕食後のデザートの選び方」については、一定の判断力と判断基準が得られます。

 

 

第八章 私はどのように、決断力を使ってきたか

 

 

 

 

 

そうした一つひとつの選択と反省の蓄積が、あなたに正しい判断力をあたえます。

 

 

 

ここで、次に私の例を挙げましょう。

 

 

 

私はじつはこれまで、アメリカには2回、留学しています。

 

 

 

最初のときは、とかく日本から脱出したい一心で行ったのですが、その際には健康問題から、挫折しました。

 

 

 

そして2回目のときは、「英語という言語の研究と、一通りの英語力習得」が目的でした。

 

 

 

それ以前に私は、私の学問上の師匠から、「英語は学問をするにあたり、ふさわしくない貧弱な言葉」と言われていました。

 

 

 

また私としても将来は、「たとえ英語がどんな言語であっても、それで論文くらいは書け、会話くらいはできるようにならなければ」と思っていました。

 

 

 

そうした理由から私は再渡米し、地元のコミュニティーカレッジに籍を置いて、一日中、喫茶店で英語の本を読むということを、半年以上、続けました。

 

 

 

読んだ内容は、ヘミングウェイやフォークナー等の、正統的なアメリカ文学と、歴史ものの書籍でした。

 

 

 

さらに私には、いろんな人と英語で議論などを重ねたため、人並みの英会話力と、英語で思考し、文章を書く能力が身についたのです。

 

 

 

その際にわかったことは、たしかに英語という言語では、「研究」はともかく「学問」はできないということでした。

 

 

 

というのは、まず英語には日本語の「助詞」にあたる品詞がありません。

 

 

 

ですからたとえば、以下のような英語を日本語に訳したら、次のようなニュアンスになってしまいます。

 

 

 

I can imagine what I will be ten years later.

→私、十年後、自分、何になるか、想像できるよ

 

 

 

これはちょっと概念として貧弱、というより、いわゆる「赤ちゃん言葉」に近いです。

 

 

 

また私は、英書を100冊ほど読み込んだ結果として、自分が、日本ではできた哲学的な抽象思考が、英語では不可能になりました。

 

 

 

そこで私は、すでに自分の二つの目的、英語力の向上と、英語という言語の限界性の確認が果たせたことになりました。

 

 

 

すると、その段階で私は、アメリカの大学に編入する等の選択肢もありましたが、迷わずすぐに日本へと帰国することを選んだのです。

 

 

 

私の現地でのアドバイザーをはじめ、多くの人が引き留めてくれたにもかかわらず、です。

 

 

 

また、もちろんその決断に対し、いままでまったく後悔したことはありません。

 

 

 

なぜならその決意は即座になされたものであっても、私の人生において、本質的で最重要なものだったからです。

 

 

 

いまでも私は、あれ以上、アメリカにいて、たとえ当地の大学を卒業したとしても、自分には意味のないことだったと、確信しています。

 

 

 

第九章 本当の勇気とは、先見性、決断力、忍耐力がそろって、はじめて発揮できる

 

 

 

 

ここから「勇気を出して、自分の人生を生きる」ためには、以下のことがもっとも肝心だとわかります。

 

 

 

それは、日々、どんなことにも目的意識主体性をもって挑むこと、です。

 

 

 

そうしていれば、自分にふさわしくないものが目前に現れたとき、「あ、これじゃないな」と、すぐに判断ができます。

 

 

 

つまり、先見性がはたらくのです。

 

 

 

また逆に、自分に必要なものを見つけたときには、それを手に入れるために、過去の経験や失敗から学び、勇気を出して全力で獲得にいけます。

 

 

 

これは、まっとうな決断力が身についているため、意識をすぐに「勇気を出す」という方向に切り替えられるということです。

 

 

 

また私のこれまでにおける人生は、病気やら失業やらの連続でしたが、それらにも耐えてこらえました。

 

 

 

その経験から、現在の私には「待つ」ということが、ほとんど苦になりません。

 

 

 

これは、手前味噌ながら、私には「忍耐力」がついている、ということです。

 

 

 

そして現在の私は、必要なら何十年でも待てるが、機会が訪れると、それをやるかやらないかは、2秒で決断ができます。

 

 

 

たとえば、私はずっと浪人をしながら学問研究をするという生き方を、20年ちかく続けました。

 

 

 

それで将来に対し、不安はありましたが、それでも私は「現在の自分がなすべきこと」を続けたのです。

 

 

 

そうしてある日、私にライターになる機会がやってきました。

 

 

 

私はこれを正直、必ずしも天職だとは思っていませんが、暫定的な仕事として、すぐにライターになることを決めたのです。

 

 

 

というのは、ライターという仕事は、それまでに私が蓄積してきた知識や技能を活かせる最善の職業だろうと、当時の私は判断したからです。

 

 

 

自分の過去から説明して、恐縮です。

 

 

 

ですがここから本物の勇気」とは、「先見性」、「決断力」、「忍耐力」がそろってはじめて発揮できるものだと、わかっていただけたのでは、と思います。

 

 

 

あなたにも、これらの能力を日々、高めながら、「ここぞ」というときに、本当の勇気をもって、困難を乗り越え、夢をつかんでほしいと思います。

 

 

 

またこの3つのチカラがそろえば、あなたは次に述べる2つの勇気、どちらも持てることを保証します。

 

 

 

それは、

 

 

 

1.短期的勇気

 

 

2.長期的勇気

です。

 

 

 

短期的勇気とはまさに、自分の人生における重要ごとを一瞬で決断し、実行に移す能力。

 

 

長期的勇気とは、それとは逆に、自分の目標が達成されるまで、何年も何十年も同じことを反復し、積み上げていく能力です。

 

 

 

これからの世の中では、生きていく上で両者が必要とされます。

 

 

 

ですがこれら2つの勇気は、日常生活において、私がこれまで述べてきたような訓練を積めば、習得にはそんなに時間はかかりません。

 

 

 

あなたがふつうの成人男性であれば、本気で2年も取り組めば充分に、「生きていく上での勇気」が身につくことは、保証します。

 

 

 

それでも「2年は長いよ!」と、あなたはおっしゃるかもしれません。

 

 

 

しかし行動や思考は、若いほどに変えるのは容易です。

 

 

 

そして一度、それらがポジティブなものに転化されれば、あとは意識せずとも、習慣となります。

 

 

 

そのように、そうした思考、そうした行動が身につけば、逆にそれ以外の思考、行動をするのが、困難になるほどです。

 

 

 

ですから、本当の勇気を得たければ、辛いのは最初の3か月から半年くらいだけだと、ここでは申しておきます。

 

 

 

そうしてあなたには、「自分を変える勇気」を持っていただきたいです。

 

 

 

第十章 「負ける勇気」をもって立ち向かい、敗北から「立ち上がる勇気」を抱け!

 

 

 

 

と、ここまで述べてまいりましたが、本物の勇気」とはさらに、「負ける勇気」という土壌も必要だと、言っておきます。

 

 

 

これは、現在の自分では勝てない相手にも、場合によっては「負ける勇気」をもって、挑まねばならないこともある、ということです。

 

 

 

そうしてその経験から、自分になにが足りないのかを知り、反省を引き出し、それを実践して、今度は負けないように頑張るのです。

 

 

 

またしても私の例で恐縮ですが、ライターになったばかりの私は正直、ライターとしての自分の力量がわかりかねていました。

 

 

 

そんなとき、いろんな仕事に挑戦しては、クライアントに褒められたこともあれば、それ以上に、契約を切られた経験も数多くあります。

 

 

 

そんなときはいつも、「自分の原稿の、なにがいけなかったのか」と、反省をくり返しました。

 

 

 

その結果として私は、ライターとしての力量を高め、ある出版社にフリーとして雇われたときには、そこのエースライターになりました

 

 

 

何事においても、それを始めたばかりのころは、自分の実力など、他人にも自分自身にもわかりません。

 

 

 

これはたとえばあなたが、ボクシングのチャンピオンを目指すことを考えてみてください。

 

 

 

あなたは必死でジムに通い、コーチに言われるまま、ロードワークからサンドバック叩き、スパーリングまでこなしたとします。

 

 

 

しかしそこで、どんな結果を出そうとも、あなたは実戦を積まないことには、あなたのボクサーとしての真の実力は、だれにもわかるはずはありません。

 

 

 

ならばあなたは、とかく自分より強そうな選手を相手に、実戦デビューをしてみないことには、なにも始まらないのです。

 

 

 

そしてその際には、全力を出して負けるというのが、もっとも好ましいです。

 

 

 

なぜなら人は勝ち続けていると、ついつい有頂天となり、自分の致命的な弱点に気づかず、絶頂で破滅することが多いからです。

 

 

 

この点は、アマチュアから鳴り物入りで入団したプロ野球選手が、プロでもそのまま活躍を続ける。

 

 

 

しかしある挫折から途端にダメになり、落ちぶれたという例が、腐るほどあります。

 

 

 

ですから、あなたがなにかを始めたときには、負ける勇気」をもってなにかに挑み、挫折しながら成長していくというのが、もっとも好ましいのです。

 

 

 

というのも人とは、本当に敗北感を感じたときほど、謙虚になれるからです。

 

 

 

ただしここでも、「勇気をもって」そこから這い上ることを目指してください。

 

 

 

くれぐれも、たった数回の敗北から、「自分はダメだ」と、あきらめないでください。

 

 

 

そうして自分が負けた経験から教訓を引き出し、それを人生の本番で「勝つ勇気」に転換するのです。

 

 

 

それができたとき、あなたは本当の意味で、「人生の勝者」と、なれているでしょう。

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

これからの日本は、国も企業も個人を守ってはくれず、「一人ひとりが、勇気を出して、自分や家族を守る」時代へと向かっていきます。

 

 

 

勇気とは、「自分の思考力や力量で、勝てるかどうかわからない対象に、挑戦する精神力」です。

 

 

 

ところが人は、現状維持を望み、自分が可愛いため、9割の人が、「勇気を出して対象に挑む」ということができないし、しません。

 

 

 

しかし勇気を出して生きねば、これからは自分の幸せもつかめない時代となります。

 

 

 

そこでまず、勇気を出して生きるために必要なチカラは、先見性決断力忍耐力の三者です。

 

 

 

あなたにはこれらの能力を、日常のなかから、「自分の人生における究極目標」を意識し、身につけていただきたいと思います。

 

 

 

真の勇気を身につけるには、ときには「負ける勇気」をもって相手に立ち向かい、実際に負けることも必要です。

 

 

 

しかしそこであなたに、立ち上がる勇気」があれば、真の人生の勝者になる道が開かれます。

 

 

 

どうかあらゆる困難に負けずに、「勇気をもって」、あらゆるものに挑んでください。

 

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

 

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