毒親とは、子どもを支配・コントロールし、自分の人生を生きさせない親。毒親の実態と対処法、教えます

はじめに

 

 

 

 

 

ここ数年、マスコミや世間、ネット等で、「毒親」という言葉がさかんに語られるようになってきています。

 

 

 

「毒親」の意味は、簡単に述べると、読んで字のごとく、「子どもにとって、“毒”になる親」を指します。

 

 

 

これは端的には、子どもに自分の人生を生きさせない親、ともいえます。

 

 

 

典型的な例では、過干渉により、子どもの自由意志を奪う親、子どもに「魚」はあたえても、「魚の獲り方」を教えない親を意味します。

 

 

 

あるいは子どもの教育に無関心で、それを妻や学校や塾、または稽古事などに丸投げする父親も、これに該当します。

 

 

 

「毒親」の恐ろしい点は、現代では彼らが特殊な存在ではなく、世間ではふつうのお母さん、お父さんと思われているような人が、これに当てはまることです。

 

 

 

つまり毒親とは、現代社会にあってはすでに、だれの親でもありえる、普遍的な存在だということです。

 

 

 

そうしたことで、このページでは、以下の点を中心に述べていきます。

 

 

 

なぜ毒親はそうした行動を取るのか、毒親自身には、子どもに対する悪意があるのか、そもそも毒親たち自身は、どのように育ってきたのか、という問題です。

 

 

 

もしあなたが、「毒親育ち」の自覚が、ハッキリとでもぼんやりとでもあるのなら、このページは必見のものとなるはずです!!(`・ω・´)

 

 

 

もちろんその上で、あなたが毒親から逃げる方法も、じっくりと述べていきます。

 

 

 

どうぞ、ご期待ください。(*^^*)

 

 

 

 

 

第一章 地域共同体が機能していた高度経済成長以前の日本には、子どもが健全に育つための豊かな人間関係が存在していた

 

 

 

 

 

さて、まずいきなり核心から述べます。

 

 

 

なぜ毒親たちはそのように、自分の子どもを抑圧するような、子どもから未来や人生を奪うような行動を取るのでしょう?

 

 

 

その答えは、端的には彼らも、自分の親にそのように育てられたからです。

 

 

 

そもそも現代的な毒親の起源は、わが国で高度経済成長が本格化した、1960年代くらいに求められます。

 

 

 

この時期には、日本全国において、ものすごい勢いで核家族化が進行しました。

 

 

 

ところがそれまでの日本には、どこにも「地域共同体」があったのです。

 

 

 

たとえば農家、職人、商人の家族たちが、それぞれの生活区域で、ともに協力し合いながら、支え合って生きていた集団があったということです。

 

 

 

よって、当時は地域共同体が、家族の機能を果たしていました。

 

 

 

そこには個人のプライバシーはほとんどありませんでしたが、子どもたちは多くの大人たちや年長者に育てられ、大きくなっていったのです。

 

 

 

また親がいない子、親が性格的に難のある子でも、他の家の大人たちが彼らを守り、育てていきました。

 

 

 

さらに地域共同体においては、同年代である子ども同士の関係や、年長者や年下の子たちとの豊かなふれ合いとネットワークが、機能していました。

 

 

 

 

くわえて一家族内での兄弟の数も多かったため、子どもたちは家庭内でも、社会性を身につけられたのです。

 

 

 

そもそも人間とは、群れをなして行動するサル科の動物ですので、生きていく上で「共働」が不可欠です。

 

 

 

さらに人間とは、地球上の動物で唯一の「本能から離脱した生物」でもあります。

 

 

 

よって人間は、本能に替わる「社会性」と「知恵」を獲得するにあたり、成長するまでに、多くの他者の認識に育まれる必要があります。

 

 

 

その点で人間とは、大きくなる前に多種多様な他者の認識を、反映させる必要がある生物ということもできます。

 

 

 

そうしたことがキチンとなされていた社会においては、いわゆる発達障害や自閉症の子どもが発生する余地が少なかったとも、いえます。

 

 

 

 

 

第二章 歴史上、類を見ない速さで進行した、日本の核家族化

 

 

 

 

 

ところが高度経済成長期より日本は、社会の工業化、三次産業化が、あまりにも急激なペースで、進行されていくことになります。

 

 

 

それにより日本では、核家族化が、それまでの人類の歴史に類を見ないほど急速に、広がっていくこととなります。

 

 

具体的に述べれば、地方から集団就職する若者や少年・少女、田舎での家業を継がず、都会での一人暮らしを始める若者が急増したのです。

 

 

 

その結果、1960年代くらいから始まっていた核家族化は、1970年代半ばには、ほぼすでに完成されていました。

 

 

 

たとえば欧米などでも、生活共同体のあり方として、地域共同体→大家族制→核家族という変遷は、歴史上にありました。

 

 

 

それは、欧米の半世紀前、1世紀前、2世紀前などに書かれた文学作品を見れば、それぞれの時代における家族のあり方が、よくわかります。

 

 

 

しかしそうした変化は、欧米では社会の内発的発展とともに、ゆるやかに進行されていきました。

 

 

 

よって、もちろん欧米にも核家族の問題は多くあります。

 

 

 

しかし欧米では、そうした家族制度における変化のあり方や、そこから生じる問題点などをあぶり出し、対処法を考える時間は、充分にあったのです。

 

 

 

その証拠にたとえばアメリカでは、映画では「理由なき反抗」、文学では『ライ麦畑でつかまえて』のような、現代的な核家族の家庭問題を説く作品が、60年以上前に発表されています。

 

 

 

それに対して日本における生活共同体の変遷は、あまりにも急激すぎました。

 

 

 

ある意味で、欧米では200年かけて起こった変化が、日本では10数年で進展したともいえます。

 

 

 

その理由はもちろん、日本における高度経済成長の発展が、並外れたペースで行われたからです。

 

 

 

 

 

 

第三章 核家族の母親が、自分の子どもを、勉強だけのダメ人間にするまでの過程

 

 

 

 

 

さて、そうした核家族にあっては、母親も父親ももちろん、育児の経験はありません。

 

 

 

それはもちろん、何十年、何百年もの歴史を持つ、地域共同体で継承されていった、わが国固有の実践的な育児の知恵は、核家族化で断絶されたからです。

 

 

 

すると核家族の家庭に住む若い新米の母親は、だれにも頼ることができません。

 

 

 

そもそもたとえば、隣人はどんな人で、そこのご主人はどんな仕事をしているのかということさえ、知りません。

 

 

 

ただ、集合住宅の通路ですれちがったとき、あいさつを交わす程度の仲でしかありません。

 

 

 

また夫は、仕事がたいへんに忙しいです。

 

 

 

ほぼ一日中、早朝から深夜まで会社に行っており、休日には疲れからグッタリしているか、会社の接待のため、家にはいません。

 

 

 

すると当然、母親は一人で子どもたちの面倒を、見なくてはならなくなります。

 

 

 

もちろん彼女には、育児の方法や知恵など、みじんもありません。

 

 

 

また母親は、夫にかまわれないため、精神、肉体ともに孤独な状況に置かれます。

 

 

 

すると彼女は、子どもをたちをペットを飼うように、自分の愛情で守ることが「教育」だと、認識するようになります。

 

 

もちろん子どもとは、いつまでも子どもなわけではなく、時間の経過とともに大人となれば、自分の甲斐性で生きていかねばならない存在です。

 

 

 

よって子どもは、大人になるまでに社会性や仕事に耐ええる体力、自分の糧を稼ぐための専門能力などを、身につけねばなりません。

 

 

 

そこから、上記母親のような考えが誤りであることは、多くの人のなかにいれば、おのずとわかるはずです。

 

 

 

ところが母親はあまりに孤独な環境にいるため、自分のココロがどんどんと歪んでいくことに、自分でも気づきません。

 

 

 

たとえ彼女のまわりに、いわゆる「ママ友」はいても、その価値観は彼女とおなじものです。

 

 

 

すると、同様の属性の者たちで集まっていることになるため、もちろん自分たちが共通の歪みを抱えているとは、気づきません。

 

 

 

こうして若いお母さんのなかに、「永遠の母子一体化」の感情が生まれます。

 

 

 

その結果、彼女はわが子に異性の友だちができたり、成長したわが子が自分から距離を取ろうとすると、それを「自分への裏切り」とみなし、怒ったり、悲しんだりします。

 

 

 

そうした毒親ママの心理や行動は、押見修造によるコミック、「血の轍(わだち)」で絶妙に描かれていますので、よろしければご一読を。

 

 

 

またおりしも、1960年代にはすでに、世間はいわゆる「学歴社会」に突入しています。

 

 

 

実際にいまから40年ほど前でも、高卒者と一流大卒の者では、生涯賃金が2倍近く違いました。

 

 

 

そしてそれ以上に重要なことは、学歴による社会的ステータスが生じたことです。

 

 

 

これがあるとないとでは、結婚や世間体で、かなりの優劣が発生します。

 

 

 

そこから母親には、「自分の子どもを、一流大学から一流企業や官庁に入れる」という目的意識が、育まれることになります。

 

 

 

それはもちろん、子どもの意志とは、まったく関係のないところでです。

 

 

 

そこから母親は、「子どもは、勉強だけしていればいい」と考えるようになります。

 

 

そうして元来ならば、子どものやること、やるべきこと、子ども自身で決めるべきことを、すべて先回りしてやってしまう母親が生まれます。

 

 

 

それにくわえ、「子どもを問答無用で、一流大学、一流企業へ」という欲求は、父親の意志にも合致します。

 

 

 

というのは父親もまた、職場で一流大卒出身の人間が、人より早く出世している様子を、さんざん見てきているからです。

 

 

 

かくして勉強だけをさせられ、生活能力が皆無、自分のことも決められず、プライドだけは高いくせに主体性が弱く、自己主張が一切できない子どもが多数、登場するのです。

 

 

 

こうした人物像は、1992年に放映されたドラマ、「ずっとあなたが好きだった」の、佐野史郎演じる「冬彦さん」などが、よく体現しています。

 

引用 https://matome.naver.jp/odai/2141550951600274801

 

 

 

 

 

第四章 「毒親」が生んだ、現代日本の惨状

 

 

 

 

 

ところが、そうした家庭の母や父が持つ「子どもにレールを敷いてやるのが、親の勤め」という想いは、多くの場合、子どものためではなく、自分のエゴのためなのです。

 

 

 

「子どもを一流大学、一流企業へ」というのは、おうおうにして親自身の願望でもあります。

 

 

 

ところが「子どものため」という大義名分があるため、本人たちはそれに気づかないというのが、実態です。

 

 

 

そうしてそんな両親に育てられた子どもは、主体性皆無、自分のしたいこともわからないまま、大人となっていきます。

 

 

 

そのため、彼が一流大学・一流企業に入れたとしても、彼が結婚して子どもができたら、自分がされたのと同様の教育を、自分の子どもに対してもすることなるでしょう。

 

 

 

また逆に、彼が大学受験で失敗した場合でも、同様に子どもに一流大卒の学歴を求めるようになります。

 

 

 

なぜならそれは、一流大学に入れなかった、自分の復讐の意味合いもあるからです。

 

 

 

ちなみにですが、わが国において高度経済成長と学歴社会が、ほぼ同時期に始まったのは、偶然ではありません。

 

 

 

当時の日本は、米ソの冷戦下にあったため、国の政策や企業の方針は、対米追従で決まっていました。

 

 

 

よって、ブレーンが決定する方針を間違いなく忠実に実行に移せる、歯車的人材が、国家にも民間企業にも、多く必要とされたのです。

 

 

 

そしてそうした人材は、マニュアル思考の極みである、受験勉強をしっかりやってきた者ほど、ふさわしかったのです。

 

 

 

さらにそんな事情も考慮せず、浅はかな判断で、子どもの意思を顧みず、自分のエゴを押しつける「毒親」が大量生産されます。

 

 

 

くわえてもちろんですが、一度形成された人間の思考パターンやアタマの造りは、基本的に後からは創り直せません。

 

 

 

ですから、独創性や主体性皆無の官僚的人間は、なにもしなけらば、一生そのままということになります。

 

 

 

それどころか、年齢を経るごとに、彼らの思考はマニュアルがなければなにもできないように、硬直していく一方でしょう。

 

 

 

さらに彼らが結婚し、子どもが生まれたら、その歪んだ価値観が、子どもからその子どもへまで、受け継がれていくことにもなります。

 

 

 

するとそんな子はもちろん、「一人で生きていくたくましさ」もなく、他人の指示がなければ、なにもできない「指示待ち人間」へと育ちます。

 

 

 

さらに前述したように、そうして大人になった歯車的人間は、当然に自分が結婚し、子どもが生まれたら、わが子にも自分が受けたのと同様の教育をします。

 

 

 

その結果、日本は世界でも類を見ないほどの、子どもの自己肯定感が低い国へと、なったのです。

 

 

 

引用 https://www8.cao.go.jp/youth/whitepaper/h26gaiyou/tokushu.html

 

 

 

また戦前までは、日本女性の子育ては、世界中で絶賛されていました。

 

 

 

当時のアメリカなどでは、「ベビーシッターを雇うなら、日本女性にしろ」とまで、言われていたのです。

 

 

 

ところが現在では、日本は世界的に見ても、極度に育児が苦手な国となりました。

 

 

 

その結果が、日本の現状というわけです。

 

 

 

現在の日本では、毒親である教育ママに育てられた世代が、社会の中枢を担っています。

 

 

政界や官界の中心にいる彼らは、ほぼ何ひとつ、日本国のためになることができずに、30年にわたるデフレを放置したままでいます。

 

 

 

また彼らに、日本国や日本国民のために、滅私奉公で働こうという意志もありません。

 

 

 

そうでなければ、国も民も貧しくする、消費税増税などという愚策を強行するはずもないからです。

 

 

 

それはもちろん、彼ら学歴エリートたちは、小さい頃から「国を良くするため、一生懸命、勉強しなさい」と教育されたわけでは、ないからです。

 

 

 

彼らはひたすら、抜け目なく学歴社会の勝者になることだけを目指す教育を、受けてきました。

 

 

 

またそんな彼らが学んできたものといえば、あらゆる教養を平板な知識として暗記することだけの、マニュアル思考のみです。

 

 

 

そんな彼らに、日本を良くするための知恵も意欲も、あるはずがありません。

 

 

 

だからわが国に限定して述べれば、「毒親」とは、日本の急激すぎた経済成長と学歴社会が生んだ、好ましくない副産物といえるのです。

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第五章 あなたの人格的欠陥について、「毒親」に文句を言っても、絶対に解決しない

 

 

 

 

 

よってそこから、どうにも使えない「マニュアル・エリート」や、「大人になれない、大人」を生んだ責任を、「毒親」だけに求めても、仕方ないのです。

 

 

 

なぜなら前述したように、彼らもまた、そのように育てられてきたからです。

 

 

 

そもそも人間とは、基本的に自分が育てられたようにしか、自分の子どもを育てることができない存在です。

 

 

 

よって、「毒親」であるあなたの両親に、ご自分の現状について異議申し立てをすることは、意味がないし、それによって、なにも解決はしないのです。

 

 

 

なぜなら彼らは、自分の教育について、「自分の子どもへの善意」と、信じて疑わないのですから。

 

 

 

もしあなたが、「毒親」の教育により現在、なんらかの人格的・肉体的欠陥が生じ、「毒親」であるご両親に、それについて文句を言ったとします。

 

 

 

するとおそらく、ご両親からはこんな答えが返ってくるでしょう。

 

 

 

「私たちはこれまで、あなたに手間もおカネもかけてあなたを育ててやったのに、なんで文句を言うの? あなたは恩知らずで、親不孝だ!」と。

 

 

 

よって、あなたと「毒親」であるご両親のあいだにできた溝を、話し合いや責任問題で解決しようとしても、ほぼ絶対にその溝は埋まりません。

 

 

 

 

 

第六章 恐怖と孤独に支配された、私の幼少期

 

 

 

 

 

私がそのように言えるのは、私自身がややココロの歪んだ「毒親」に育てられてきたし、彼らとはわかりあえないと、確信したからです。

 

 

 

私は小さい頃から、自家中毒やアトピーを発症する、ひ弱な少年でした。

 

 

 

また幼少期から少年期にかけては、極度に孤独で、いつも恐怖に支配されていましたが、その原因は、自分でもわかりませんでした。

 

 

 

それどころか、自分は他の子どもとは違っているという自覚も、ハッキリとは持てませんでした。

 

 

 

そうして私は、自分のココロが空白のまま、高校生になったのです。

 

 

 

それまでの私の母はといえば、上に挙げた「毒親」の例にもれず、つねに私がすべきことを、先回りして行っていました。

 

 

 

また私の父も、典型的な「魚はあたえても、魚の獲り方はあたえない」を、地で行くタイプの人間でした。

 

 

 

ただしこれは、父だけに責任があるのでは、ありません。

 

 

 

なにせ本人にも、それがわからないのですから。

 

 

 

それというのも、父自身が、そう育ったからです。

 

 

 

まず、私の母親について述べます。

 

 

 

母は実父、つまり私の祖父より、幼少期から暴力にさらされ、育ちました。

 

 

 

いまでは祖父の行為は DV でしょうが、当時はまだ、「亭主関白」が許された時代でした。

 

引用 https://ameblo.jp/amibul0/entry-12227853681.html

 

 

 

よって祖父は、自分の気分次第で、母やその姉弟を、怒鳴ったり、殴ったりしていました。

 

 

 

そんな母のココロの根底には、つねに「恐怖」があり、母はずっと小心でした。

 

 

 

人が集まると、いつも必死に「その場の空気を読み」、自分が面白くもないのに、人に合わせて笑うといった性質でした。

 

 

 

そうして母は、自分に責任や攻撃の矛先が向かうのを、極度に恐れていました。

 

 

 

さて、次に父です。

 

 

 

父は、彼が幼いときに、戦争で実父を亡くしています。

 

 

 

そうして女だらけの家庭で、幼くして「家長」として、ちやほやともてはやされ、育ちました。

 

 

 

そのくせ家は貧乏だったため、父は中卒で働かなければ、なりませんでした。

 

 

 

結果、父は、学歴等の各種コンプレックスが異常に強いくせに、他者とのコミュニケーションが大の苦手という大人になりました。

 

 

 

また父は、どんなことにせよ、自分がやることに対し、当事者意識や責任感が皆無といった人物です。

 

 

 

現実に起こっている家庭の問題に対しても、文字通り「対岸の火事」のごとく、他人事のように眺め、評論家じみたコメントだけします。

 

 

 

ただしそのトラブルが自分に対して、なんらかの責任を問うてくるような場合だけは、あわてて「専門家」を探してきて、問題を丸投げします。

 

 

 

父はいつも一人で、音楽を聴いたり、本を読んだりしている、孤独に抑圧されたインテリそのものでした。

 

 

 

そんな父と母が結婚したのは、たがいに従兄妹で、父が母の実家である、兵庫県にある酒店に勤めていたからです。

 

 

 

ところが父は、そこで母の実父との折り合いが悪くなり、一人で東京に出ることになりました。

 

 

 

父は東京で、公認会計士の資格取得を目指していたのですが、そこで孤独に耐えかね、兵庫にいた私たち親子を、半強制的に東京へと呼びよせました。

 

 

 

それまで私のまわりには、商店街の共同体があり、私の面倒を見てくれる大人や、一緒に遊ぶ同世代の友人もいました。

 

 

 

ところが私は、東京に出てくると、核家族生活となり、完全に孤独になりました。

 

 

 

私はつねにまわりが怖くて、同級生の子どもたちとも、一緒に遊べないほどでした。

 

 

 

私があまりに一人ぼっちなので、見かねた母が同級生のお母さんたちに頼み込み、その子たちと遊んでくれるよう、頼んだこともあるほどです。

 

 

 

その後、引っ越しをしたこともあり、私のココロはますます孤独へと陥っていきました。

 

 

 

 

第七章 自分の病状は、両親が私にあたえた教育や環境にあると悟った私

 

 

 

 

 

そうして私は高校生になりましたが、16歳のときに持病だったアトピーの治療のため、父に紹介された町医者に通うことになりました。

 

 

 

ところがそこで処方された薬は劇薬であり、元来ならば、短期間しか服用してはならないものでした。

 

 

 

ですがそこの先生は、3年にもわたり私にその薬をあたえ続けたため、20歳のとき私は、完全に精神に異常をきたし、自殺未遂騒動を起こしたのです。

 

 

 

そのときから私は、自分の性格の異常性について自覚し、それについて必死に勉強してきました。

 

 

 

さらに私は幸いにも、それから3名の名医につくことができました。

 

 

 

私が28歳のとき、そのうちの一人である先生に、診てもらうことがでるようになりました。

 

 

 

彼を仮に、「徳田先生」と呼ぶことにします。

 

 

 

徳田先生の父も医師であり、私のような症状にかかる子どもの治療についての、スペシャリストであり、オーソリティーでした。

 

 

 

もちろん徳田先生も、父上の方針を踏襲するカタチでの治療を、行っています。

 

 

 

徳田先生によると、私のような子どもは、戦後日本社会の変貌と、それがもたらした環境や生活の変化が、病因だというのです。

 

 

 

その理論については、これまで私がこのページで、ずっと述べてきたことと同様です。

 

 

 

つまり徳田先生の理論によると、高度経済成長以後に地域共同体が消滅し、核家族が家庭の主流となったため、その環境が子どもを病気にさせた、というものです。

 

 

 

子どもは、あまりにも貧しい人間関係しか持てないため、むかしでは考えられないほどひ弱になり、脳の発育が悪くなり、ひいてはそれが、病気を呼ぶとのことです。

 

 

 

幼年期から自分を苦しめた病因がわかった私は、早速、名古屋にある徳田先生の病院へ、生活療法のための入院を、一月ほどすることになりました。

 

 

 

徳田先生やその父上によると、私の病気は「文明病」、「母原病」であるとのことでした。

 

 

 

名古屋の病院では、私はおなじ文明病の症状に苦しむ、患者さんやそのご家族と一緒になりました。

 

 

 

そこでは、私がこれまでの人生でいちばん、「スゴイ」と思ったケースワーカーの女性に出会いました。

 

 

 

私がこれまでの人生で、直接に会った女性で「この人、スゴイ……」と思ったのは、3名だけですが、彼女はそのなかでも、ダントツでした。

 

 

 

そのケースワーカーさんは、見た目はハキハキ系のお姉さんでしたが、とかくその人間心理に対する洞察力、観察力が、並外れてスゴかったのです。

 

 

 

そこで私は、彼女に以下のように言われました。

 

 

 

「ほんわかさん、あなたの生き方はわかるけど、それはあくまで『一人で生きていく』という前提でのものじゃない?」

 

 

 

「ほんわかさんが、ご両親をよく思わない気持ちはわかるけど、ほんわかさんのご両親って、そんな悪い人たちなの?
たとえば、近所で悪評が立つほどの悪人なの?」

 

 

 

この言葉により私は、自分の症状が現代日本においては、ごく普遍的なもので、自分の両親も、世間的には「ふつうの人」だということが、ココロから理解できました。

 

 

 

ただし、このとき一緒に入院していた患者の親御さんたちの多くは、先生の説明を聴き、変わっていく姿を、私は見てきました。

 

 

 

そうして彼らは自分の子どもへの態度を反省し、親子の和解がなされるのを、私は多く見聞したのです。

 

 

 

ところが私の両親はその場にはいなかったため、私は東京に帰った後、両親に先生の教えを懇切に説明しました。

 

 

 

しかし彼らはついにはまったく、自分たちの非については理解しませんでした。

 

 

 

つまり、自分たちの存在と、自分たちが私にあたえた教育や環境が、私の病気を引き起こしていると、何度説明しても、まったくわからないのです。

 

 

 

かつて山本夏彦という名エッセイストが、「理解とは、能力ではなく願望である」と言った意味が、よくよくわかりました。

 

 

 

また古代ローマの英雄、ユリウス・カエサルも、多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」と述べたのを、思い出しました。

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第八章 毒親両親との、具体的で現実的な接し方について

 

 

 

 

 

病院を退院後、私は徳田先生とケースワーカーさんの言葉に従わず、就職せずに病気の根治療法と、自分の勉強ばかりをしていました。

 

 

 

理由は、私は当時の直観として、後でどんなに苦労しようとも、自分が本当にやりたいことをそのときにしなければ、絶対に一生、後悔すると確信していたからです。

 

 

 

その結果、それから10年後には、私はライターになれました。

 

 

 

それまで、両親とは表面的にのみ、つき合うことにしました。

 

 

 

ですがやはり、私の両親は、本質的にはほとんど変わっていませんでした。

 

 

 

たとえば母は、私が病気の好転反応のため、熱を出して寝込んでいると、しきりにお粥を食べるように勧めてきます。

 

 

 

私は「いらない」と言いましたが、母はそれから4度も5度も、「そんなこと言わずに、食べなよ」と言ってきます。

 

 

 

そのときはついに私は、ブチ切れました。(#^ω^)

 

 

 

母は、物腰こそ柔らかいですが、無意識では私を自分の思うように、支配したいと願っているのです。

 

 

 

もちろん、私の意志など関係なしに。

 

 

 

また父は、それまで何度も私や徳田先生から、私の病気について説明されているのに、あるときこう言い放ちました。

 

 

 

 

「犬や猫だって、放っておけば勝手に大きくなる。人間だって、同じや」。

 

「こちらはカネを払ってお前を育てた。それなのに、それのどこが、教育から逃げていることになる?」。

 

 

「あの病院も、慈善事業でやってるわけではない。こっちはカネを払う患者の立場なんだから、お前の病気を治すのは、当たり前のことだ」。

 

 

 

 

これを聞いたときには私は、さすがに自分の耳を疑いました。Σ( ̄ロ ̄lll)

 

 

 

しかしこうした両親の言動を目の当たりにするにつれ、私はとっくに、両親の説得はあきらめたのです。

 

 

 

ただただ両親を、自分の経済基盤が整うまで利用し、食わしてもらうだけの存在と、割り切るようにしたのです。

 

 

 

また私の両親が、先生の言うとおり、異常なまでに幼い人物であるという点にも、合点しました。

 

 

 

先生によると、社会が文明化するほど子どもは、直接的な人間とのふれ合いが少なくなるため、どうしても精神が発達せず、幼稚なまま大人になるそうです。

 

 

 

こうした私の経験から、毒親の存在に苦しむあなたに、言っておきたいことがあります。

 

 

それは、「くれぐれも、彼らを説得できると思うな」です。

 

 

 

その説得も、とりあえずは数回、試してみて、それでなんの反応もないようなら、あきらめるというのが、ベストだと思います。

 

 

 

あなたの親御さんにについては、「自分が経済的、精神的に一人で生きていけるようになるまで、波風立てず、表面上だけうまくやる」でいいと考えます。

 

 

 

その間に、なるべく接触は最小限にするのが、オススメです。

 

 

 

そのときには、あなたを支配しようとする彼らのペースに、ハメられないよう、注意する必要はあります。

 

 

 

ただし、彼らも「状況の被害者」である点については、あなたも理解しておく必要はあります。

 

 

 

また、ご両親があなたに文句を言うようであれば、あなたが自立へのプランを立てて、それを見せれば、納得すると思います。

 

 

 

さらに、家事等は手伝い、家にわずかでもおカネを入れて、表面上は従順なフリをする「面従腹背作戦」で、当面はいきましょう。

 

 

 

そうして自活できる準備ができたら、一人暮らしを始めることです。

 

 

 

 

その後は、自分が一人でも生きていけるよう、全力を尽くすのみです。

 

 

 

 

 

第九章 あなたが毒親からの自立を果たしたならば

 

 

 

 

 

ただしその後、あなたが精神・経済ともに自立が果たせたのなら、ご両親とは接触してもいいし、またはしなくても問題ありません。

 

 

 

この点については、すべてあなたの意志次第となります。

 

 

 

そうはいっても、ご両親と和解できないかぎりは、あなた自身が、彼らとは二度と会いたくないと思うのでは、と考えます。

 

 

 

別にあなたは、親子の縁を法律上、切らなくてもいいが(望むなら、切ってもいい)、後はご両親を、他人だと思えば、すむことです。

 

 

 

あなたは、お盆や正月に帰省しなくても問題ありません。

 

 

 

むしろおそらく、あなたご自身がそんな実家には、二度と足を踏み入れたくないと思うのでは、ないでしょうか?

 

 

 

またもちろん、「次にあの人たちに会うのは、身内の葬式のときだけ」というつもりでいても、問題ありません。

 

 

 

とかくあなたは、ご自分の人生を確立させることだけを考えてれば、いいのです。

 

 

それができたときには、あなたにとって過去の両親の存在は、どうでもいいものになっているはずです。

 

 

 

 

 

第十章 毒親よりあたえられた苦しみをも、自分を成長させる糧とする

 

 

 

 

 

またそうであっても、やはり彼らは、あなたのご両親です。

 

 

 

 

毒親といえど、彼らがいなければ、あなたはこの世に生まれてくることは、ありませんでした。

 

 

 

その意味からあなたが、もし「自分と親との関係」を、悪いもので終わらせたくないのなら、以下のことをしてみればいいです。

 

 

 

それは、「自分が親からしてもらったこと」を、小さい頃のものから順に思い出し、ノートに箇条書きにするのです。

 

 

このときは、30個なり50個なり、まずは記述する数を最初に決めます。

 

 

 

そしてとかく無理にでも、思い出せるものを強引に思い返し、ノートに書き込むことが、肝心です。

 

 

 

そうすることにより、あなたはあるいは、ご両親から受けた恩を思い出し、ご両親を許せるようになり、彼らとのわだかまりが解消されるかもしれません。

 

 

 

すると、たとえご両親が毒親であり、最後まであなたの言い分を理解できなくても、和解はできるかもしれません。

 

 

 

とかくあなたにとって重要なのは、以下の点です。

 

 

 

あなたが毒親への恨みが残っているうちは、その原因はすべて、現在のご自分がうまくいっていないからだと、自覚することです。

 

 

 

なぜなら人間とは、過去に得たトラウマが現在では完全に克服され、いまの生活に影響がなければ、そのトラウマに対しては無頓着になるはずだからです。

 

 

 

過去のトラウマが、なんらかのカタチで現在の生活に悪影響をおよぼしている場合のみ、人はトラウマに囚われます。

 

 

 

ですので、そうして残ったご両親へのわだかまりは、すべて自分の問題として解決するよう、心がけましょう。

 

 

その際には、お医者さんの手を借りてもいいし、またご自分で自分の欠点を直視し、努力して克服するように努めるでも、大丈夫です。

 

 

 

とかくあなたがすでに成人ならば、たとえ現在、あなたを苦しめているものの原因が、もともとは親にあろうとも、彼らにできることは、少ないです。

 

 

 

この点は、たとえ理不尽に感じられても、すべてを自分の問題として引き受けるほか、ありません。

 

 

 

そうでないと、あなたはむしろ、自分の非に対してさえも、自分以外の責任者を探してその人を責める、ダメ人間になる可能性もあります。

 

 

 

また、それを克服する過程で、あなたは強く、賢くなれるかもしれません。

 

 

 

私はこれまで、親にもたらされた病気のおかげで、何十年も尋常でない苦しみを負わされました。

 

 

 

しかしその病気がなければ、私は歴史や哲学などを真剣に勉強し、自分の学問を積み上げるとともに、自分の人生を正視する、ということも、なかったはずです。

 

 

 

 

 

第十一章 あなたの使命は、「毒親の害」をこの世からなるべく多く、取りのぞくこと

 

 

 

 

 

またあるいは、あなたはその苦しみを経ることにより、他人、とくに自分とおなじ苦しみを負っているひとたちに対し、優しくできるようになるかもしれません。

 

 

 

現に私もこれまで、対面やネット上で、何百人の人の悩みを聴いて、適切な答えをあたえて、感謝されたことが、何度もあります。

 

 

 

「自分が苦しんだ経験を、人のために役立てる」。

 

 

 

こう考えることであなたは、少なくとも毒親への憎しみは、解消されると思います。

 

 

 

あるいは、「毒親にあたえられた苦しみはすべて、自分を強くしてくれる試練だ」。

 

 

こう思えると、たいていの辛いことには、耐えられるようになります。

 

 

 

少なくともあなたは、一人ではありません。

 

 

 

現在の日本では、毒親がもたらす厄災や病気というものは、普遍的な社会問題にさえ、なっています。

 

 

 

なのでいまでは、ネット上でも現実社会でも、あなた同様の苦しみを負った人のコミュニティーは、多数、存在します。

 

 

 

またその分野を得意としたり、専門としたりしているお医者さんも、探せばかなりいます。

 

 

 

「毒親の影響を払拭すべく、自分が強くなる」。

 

 

 

これを実践できるだけで、あなたの問題は消えたも同然になります。

 

 

 

そう思って、あなたには現在を、がんばって生きてほしいと思います。

 

 

 

またいつかあなたが結婚し、子どもができた場合には、そうした呪われた因果は、自分の代できっぱりと断つ、という気持ちでいてほしいです。

 

 

 

あなたのお子さんには、「愛情いっぱいに、生きる知恵とたくましさ」だけをあたえ、後はすべて、お子さんがどう生きようが、彼の自由意志にまかせることです。

 

 

 

そのようにあなたには、子どもや人が苦しめられている「毒親による害」を、少しでもこの世から減らすように、活動してほしいと願っています。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

まず「毒親」の定義とは、子どもに自分の人生を生きさせない親。

 

 

 

あるいは子どもの人生を、子どもの意志を無視し、自分で支配・コントロールしようとする親を指します。

 

 

 

また、子どもに「魚」はあたえても、「魚の獲り方」を教えない親も、これに該当します。

 

 

 

わが国において彼らがそうなった原因は、端的には、高度経済成長前後における地域共同体の消滅と、それに代わる核家族化にあります。

 

 

 

それにより親になったばかりの夫婦は、何百年もの伝統がある育児法から断絶され、孤独のなかで子育てをしなければ、ならなくなったからです。

 

 

 

さらに同時代には、学歴社会の影響も強くなってきました。

 

 

 

これにより世間の親たちは、「子どものため、安全なレールを敷いてやるのが、親の勤め」と誤解するようになったのです。

 

 

 

なぜならそれには、半分は自分のエゴや見栄や、学歴社会に対する自分の復讐が混じっており、そうした教育は、子どもの自由意志を無視するものだからです。

 

 

 

また親にそのように育てられた世代が、現在、日本の中枢におり、日本国を危うくしています。

 

 

 

もしあなたが毒親に育てられたのならば、基本的に彼らとの和解は不可能だと思いましょう。

 

 

 

なぜなら相手は、真剣に「あなたのためを思って」、そうした教育をほどこしたと、ココロから信じているからです。

 

 

 

さらに彼らも、そのように育てられたからそうなったわけで、ある意味で状況の被害者ともいえます。

 

 

 

よって、あなたの親が毒親だからといっても、彼らを恨むことは、しないようにしましょう。

 

 

 

とかくあなたにできることは、毒親からの影響を最小限にしながら、ご自分が自立を果たすことです。

 

 

 

毒親につけられた傷をも、「自分を鍛えてくれる要素」と思い、より強く賢くなることを考え、自分だけの人生を生きましょう。

 

 

 

そうして、毒親からのあらゆる影響が払拭できたら、かつての自分とおなじ悩みを持つ人の助けになれば、あなたがこれまで苦しんだことにも、意味が生まれます。

 

 

 

さらに、あなたが結婚して子どもができたら、毒親の呪縛をあなたの代で終わらせるようににしましょう。

 

 

 

もしあなたがこれまで、毒親に苦しめられ続けたのなら、あなたはご自分の使命を、世間から毒親の害を少しでも減らすこと、とすればいいと思います。

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
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