「働きたくないあなた」は、「働けない」のかもしれない。そんなあなたが幸せに生きる全方法、大公開!

はじめに

 

 

 

 

 

世の中では、いわゆる「働きたくない」若者であふれかえっています。

 

 

 

仕事に行くのも、あくまで「生活のため」、「世間体」などであり、できたら仕事などしたくないと考えている若者は、相当数います。

 

 

 

少なくとも日本の若者は、「出世意欲」にかんしては、アジアでもダントツ最下位だということが、下記サイトより、わかります。

https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1908/27/news111.html

 

当ページでは、そうなった理由と、そんなに働きたくない「あなた」が、どうすればいいかを、述べていきます。(*^^*)

 

 

 

お楽しみに。

 

 

 

 

 

第一章 旧態依然の、好景気時を前提にした、日本の職場環境

 

 

 

 

まず単純に考えられることは、あなたが「働くこと」により得られるものが、仕事の大変さに見合ってないと思っているのだろう、ということです。

 

 

 

下は、世界各国における労働者の労働コストの推移です。

 

 

 

見事に、日本だけが落ちているのが、わかりますね。(^^ゞ

http://shavetail2.hateblo.jp/entry/20110808/1312773076

 

さらに下は、世界における男性労働者の一日当たりの労働時間です。

こちらは、ダントツトップですね。(^_^;)

 

そして以下は、世界各国における労働生産性の様子です。

 

 

 

労働生産性とは要は、ある価値(商品やサービス)を産出するにあたり、どのくらいの労働力が注がれたか、ということです。

 

 

 

つまり、その労働がどれほど合理的であるかの指標です。

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00067/060600002/

 

ここでは日本は、全体の21位。

 

 

 

いわゆる「先進国」のなかでは、最低の部類に入ります。

https://www.huffingtonpost.jp/2017/12/20/intl-comparison_a_23313597/

 

さらには、下は世界各国との通勤時間の比較です。

 

 

https://www.mot-net.com/blog/efficiency-of-operations/5459

 

 

ここでも日本は、悪い意味で突出しています。(;^_^A

 

 

 

しかも日本の首都圏で仕事をするならば、世界でも名物視されている、日本の満員電車を無視することは、ほぼ不可能です。

 

 

 

つまり結論から言ってしまえば、日本の労働者は、効率の悪い長時間労働にくわえ、低賃金でありながら、地獄の出勤を強いられていることになります。

 

 

なぜ、そういうことになったのか?

 

 

 

これは結論から述べると、日本経済がイケイケだったころの高度経済成長期やバブル時代における労働をめぐる環境が、令和の現在でも変わらないから、といえます。

 

 

 

とかくバブル期や高度経済成長期には、日本の労働者は働けば働くだけ、豊かになれました。

 

 

 

そうして国家の重大事である、国防や政治は、ほぼアメリカまかせであったため、国民の総力を、経済の伸長に当てられたのです。

 

 

 

および、これはよく日本に働きに来る外国人から、指摘されることです。

 

 

 

日本人は時間に几帳面といわれるが、じつはそうではない。

 

 

 

始業時間には厳しいが、終業時間はいつもいい加減で、いつまでもずるずると働いている、と批判されます。

 

 

 

その理由はおそらく、戦後までの日本は、農業国だったからでしょう。

 

 

 

農家の人たちは、決まった時間に集まり、仕事をいっせいに始める習性があるが、終業はその場の雰囲気や、その日の仕事の進捗具合で決めたりします。

 

 

 

またテレビもスマホもない時代は、家に帰っても晩ご飯を食べる以外、することはありません。

 

 

 

すると結果的に夜まで仕事をすることになり、労働時間が長くなるのでしょう。

 

 

 

ところが1991年にソビエト連邦が崩壊し、東西の冷戦が終結するとまったく同時に、日本のバブル経済も破綻しました。

 

 

 

 

これにより、日本経済の繁栄を支えていた、アメリカの庇護がなくなりました。

 

 

 

また、日本人は高度経済成長期にあっても、大胆で精緻な戦略にもとづいて、働いていたわけでは、ありません。

 

 

 

ただ盲目的に経済成長を目指していたら、気がつけば世界一の金持ちになっていたというだけに、すぎません。

 

 

 

ですから、バブル崩壊後の日本は、方向性を見誤り、低迷しました。

 

 

 

というのも、日本のバブル崩壊の90年代初頭においては、世界のリーダーたちは、「次は情報産業(IT)の時代」だと、すでに読んでいました。

 

 

 

ところが、当時の日本における大企業のほとんどが、かつての日本経済に栄光をもたらした「モノづくり」に、こだわっていたのです。

 

 

 

そうして1995年にアメリカのマイクロソフト社が、「Windows 95」を発売すると、このときはじめて日本は世界の潮流を知り、驚いたというわけです。

 

 

 

なにせ、欧米の大学なら、どんな劣等生でもできるパソコンによる文書作成さえ、当時の日本の大学生のほとんどはできなかったのです。

 

 

 

それどころか当時は、それまでにキーボードを触ったことがない、という大学生が、過半数といった状態でした。

 

 

 

そして現在は、それから25年が経ちましたが、いまだ世界で大きな影響力のある日本のIT企業は、一社として現れていません。

 

 

 

日本人は、世界的にも優秀な頭脳と技術力を持った民族であるはずなのに、です。

 

 

 

ただし、自動車なら、まだトヨタやホンダの世界における影響力は、健在ですが。

 

 

 

しかしそのトヨタも、2019年には、これ以上、社員を終身雇用で使い続けるのには、ムリがあると述べました。

 

 

 

つまり天下のトヨタでさえ、2020年の現在、体力の余裕はなくなったと、いうことです。

 

 

余談ですがこの構図は、日露戦争後から大東亜戦争敗戦までの流れに、よく似ています。

 

 

 

日本は、1905年に日露戦争でロシアに勝利しました。

 

 

 

それも当時、世界最強と謳われたロシアのバルチック艦隊を、海戦で破っての勝利だったのです。

 

 

 

 

これには国民は有頂天となり、同時に当時、世界中で西洋諸国に植民地にされていた人たちも、「有色人種が、白人に勝った!」と、熱狂しました。

 

 

 

ところが、日露戦争終結後の取り決め、「ポーツマス条約」で、日本は思った以上の戦果が得られなかったので、日本国民は、激しく不満をもらしました。

 

 

 

またそうしたことから、日本はロシアとの戦争にかけた費用を回収できなかったため、以後は、景気が低迷していきました。

 

 

 

それでも日本は、「海戦で最強国家、ロシアを破った」という事実を忘れられず、その後も戦艦を造りつづけることになります。

 

 

 

当時の世界中の海軍は、すでに戦艦に見切りをつけ、潜水艦や空母製造に舵を切っていたにもかかわらず、です。

 

 

 

その結果出来たのが、かの「戦艦大和」であり、大東亜戦争において大和は、最強戦艦であったにもかかわらず、戦闘機からの爆撃の嵐に遭い、あえなく轟沈。

 

 

 

日本も、物資、人材ともに大きな犠牲を払った上に、戦争に敗れました。

 

 

 

またちなみに、この時代に過酷な環境に置かれた労働者の姿を書いた小説は、いくつかあります。

 

 

 

有名なところでは、小林多喜二の『蟹工船』や、山本茂実の『あゝ野麦峠』などです。

 

 

 

そしてこの流れは、バブル崩壊から現代までの日本の歴史に、ピッタリ符号する、ということです。

 

 

 

日露戦争終結から大東亜戦争敗戦までの期間は、国や企業もどんどんとブラック化していったという点は、現代と共通しているのです。

 

 

本題とは無関係な話をダラダラと、申し訳ありません。(^^ゞ

 

 

 

ただ私が言いたいことは、あなたが働いている環境というのは、基本的に前時代的で旧態依然のままだということです。

 

 

 

そうして仕事や通勤のつらさに耐えた結果、待遇や給与が上がるなら、まだガマンできるでしょう。

 

 

 

しかし現実はそうではなく、年を追うごとに責任は重くなるが、それに比例して生活が豊かになるわけでは、ありません。

 

 

 

それどころか、日本の実質賃金はどんどん減少しており、政府はそんな状況であるにもかかわらず、2019年には消費税を10パーセントに上げてしまいました。

 

https://news.yahoo.co.jp/byline/nakaharakeisuk/20190201-00113252/

 

 

 

くわえて、これは日本政府ばかりの責任ではありませんが、本年2020年には、日本も含めた世界中が中国発のコロナウイルスにより、経済が大打撃を受けました。

 

 

 

そんな社会や会社なら、労働意欲がわかないのも、ある程度はムリはない、ということです。

 

 

 

 

 

第二章 「働こうとする気持ち」は、人の幼少期に刷り込まれる

 

 

 

 

 

さて、ここからが本題です。

 

 

 

現在のあなたは、労働するにあたって、理不尽な立場に置かれているのは、わかります。

 

 

ところで、いつからあなたはそのように「働きたくない」と思うようになったのでしょう?

 

 

 

ひょっとして、社会に出る前の学生時代や少年時代からでは、ないでしょうか?

 

 

 

実際に働いてみて、その環境の劣悪さにウンザリしたというなら、わかります。

 

 

 

しかし、まだ働いてもいないうちから、「働きたくない」と思うのは、やや健全でないように思われます。

 

 

 

たとえあなたのまわりの大人が、仕事をしていて全然、幸せそうに見えなくても、です。

 

 

もしあなたがずっと、そのように感じていたのなら、あなたが怠け者という以前に、あなたの育ちに問題があるのでは、と私は思います。

 

 

 

たとえば、野性の動物などは、「狩りをしたい」とは考えなくても、本能により、そうします。

 

 

 

なぜなら、自分のエサとなる生物を捕らえられなければ、自分が餓死してしまうからです。

 

 

 

ここから、すべての動物が生存のため、他の生物を捕食しなければならないのが、わかります。

 

 

 

それと同時にすべての人間は、食べていくためには「働かなくては」という刷り込みが、本能レベルで脳に刻み込まれているはずなのです。

 

 

 

通常ならば、そうした本能に近い衝動は、幼少期に「刷り込まれて」いるはずです。

 

 

 

ところが現代日本では、そうしたまともな育ちを経ずに、大人になってしまう者が多いのです。

 

 

 

この点は、私も同様です。

 

 

 

やや長くなりますが、私の事情を知りたければ、以下をお読みください。

 

 

 

自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます
http://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html

 

 

上記、第一章から第七章まで

 

 

上にあるように、私は「魚はあたえても、魚の捕り方を教えない」家庭に育ちました。

 

 

 

私の母は、いつも必要なものは、先回りして私にあたえました。

 

 

 

また父は、「魚の捕り方」=「社会での生き方や規範」を、教えてはくれませんでした。

 

 

すると、かつての私のような若者は、どうなるでしょう?

 

 

 

まず人間とはそもそも、本能から離脱した生物です。

 

 

 

そのため人間には、その本能に替わる、長い教育による「刷り込み」が、必要となります。

 

 

 

「人には礼儀正しくしなければいけない」、「人を殺してはいけない」、という常識も、刷り込みによってなされます。

 

 

 

そしてもちろん、「働かなければ、ならない」という気持ちもまた、刷り込みの結果、人々が持つようになった概念の一つです。

 

 

 

よって、もしあなたにそうした刷り込みがなされていないのなら、なにもしていないうちから、労働意欲がなくなるのは、当然です。

 

 

 

それはあたかも、一度、人に飼われたペットは、もはや野性には帰れないのと同様です。

 

 

さらに悪いことに、労働に対する刷り込みがなされないまま、年月だけ経つと、より「働けない」、「働きたくない」気持ちは、強くなっていきます。

 

 

 

 

またたとえ、そうした人が働けたとしても、いつも下記のような疑問に悩まされることになります。

 

 

「働く意味が、わからない。俺、なんで、こんなことしてるんだろう……」。

 

「世間の目や、まわりの人間も働いているから、俺も仕方なくそうしているけど、こんなことしなきゃいけない根本的な理由が、わからないなぁ……」。

 

 

などなど。

 

 

 

つまりは、労働を苦痛としてしか感じられず、「働く喜び」も、皆目、理解できないということです。

 

 

 

人は幼少期に、とくに父親から愛されないと、「社会で生きて、自分の居場所を確保しよう」という気持ちには、なかなかなれないのです。

 

 

 

現在のあなたは、まさにその状態ではないでしょうか?

 

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第三章 過剰な思考と食事により、カラダが動かなくなった、28歳時の私

 

 

 

この点、私はどうだったでしょうか?

 

 

 

先の引用で述べたとおり、20歳のころ、私は自分がそれまで、なにも教育されていないことに気づき、同時に心身ともに深く病んでいました。

 

 

 

そこから私は、「自分・再創造計画」に入ったのです。

 

 

 

書物を読み、自分の倫理を構築しながら、運動や栄養により、病気とも闘おうとしました。

 

 

 

しかしこのときは、栄養が私の病気にあたえた効果が大きすぎて、私はついつい、食事と勉強にばかりに、重みを置きすぎました。

 

 

 

とかく過食気味で、そのためもともと動かないカラダが、さらに動かないという悪循環に苦しんでいました。

 

 

 

そして28歳のころ、私はある私大に通っていたのですが、そこでは半分、廃人のようになっていきました。

 

 

 

だんだんと日中に活動できる時間が短くなり、朝は8時以前に起きるのが、最大の苦痛で、夜は12時以前には、目がさえて眠れなくなっていきました。

 

 

 

そこで私の父が、そんな私を見かねて、ある病院を探してくれました。

それは、1999年のことでした。

 

 

 

そのクリニックには、いまでは主治医の先生は替わりましたが、私は現在(2020年)でも通っています。

 

 

 

そこで私の最初の主治医、K先生に、驚愕の真実を突き付けられました。

 

 

 

それは、以下のようなものです。

 

 

 

まず人間の脳とは、重層構造になっており、奥底の原始的な部分から、年齢を追うごとに、表層の高度な部位へと、発展していくということです。

 

 

 

 

単純にいえば、「反射・代謝→運動→思考」のように、年齢におうじて、人間の脳は進化していくということです。

 

 

 

この点は、19世紀ドイツの生物学者、ヘッケルが主張したとおり、「個体発生は、系統発生をくり返す」のです。

 

 

 

つまり、人間の個人として生まれてきた者も、年齢にしたがい、生物の進化と同様の成長を見せる、ということです。

 

 

 

たとえば、赤ん坊も産まれてからは、「ハイハイ→四つ足歩行→前屈二本足歩行→通常二本足歩行」という過程を見せます。

 

 

 

ここからでも、人類が四つ足動物だったときから、樹上のサルとなり、それが地に降りて、猿人、人間へと進化した道のりをたどっていると、いえるでしょう。

 

 

 

ところが、現代の子どもは家庭環境・人間関係の貧しさにくわえ、小さいころから、塾などにより、知識を詰めこみすぎです。

 

 

 

その結果として、「生きるたくましさ」、「生活能力」等のない、「勉強はできても、人間としては知恵がなく、幼稚な大人」が、大量生産されるのです。

 

 

 

私の場合は、まさにこのケースにピッタリでした。

 

 

 

さらに先述の「自分・再創造計画」において、本ばかり読んでいたことも、私のカラダにとって、悪く作用しました。

 

 

 

それはもちろん、脳の根底部という基盤がもろい上に、「思考」という重みを載せたからです。

 

 

 

これはいうなれば、地盤の弱い土地の上に、高層マンションを建てるようなものです。

 

 

 

そうして私の脆弱な脳の基幹部分が、押しつぶされそうになっていた、ということです。

 

 

28歳時の私は、そのような「脳の危機」に直面していたわけです。

 

 

 

そこで早速私は、学校を止めて名古屋の病院へ、生活療法を学びに、入院することとなりました。

 

 

 

そこでは、子どもをふくめた患者さんたちと、高度経済成長期以前の、日本に地域共同体が存在していた時代の生活を、送ることとなります。

 

 

 

これはかの有名な、「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界を思い浮かべてもらえば、充分です。

 

 

 

現代の核家族社会のように、人間関係に壁を設けず、どんなことでも、みなで協力し合って取り組む、というものです。

 

 

 

私と一緒だったのは、小学生4人と中高生4人、それに大人が6人ほどでした。

 

 

 

ちなみに、大人の年齢層は、20代から60代と、幅広かったです。

 

 

 

そこで私は彼らとともに、食事を協力してつくる、畑仕事、掃除、庭の草刈り、リクリエーションを楽しむ、みなでお祭りに行く等のことを、行いました。

 

 

 

院内ではもちろん、就寝、起床時間は管理されており、昼寝は禁止で、ランニング、縄跳び、卓球などをして、カラダを動かしました。

 

 

 

そうして多くの経験を積みながら、私は1か月後に東京に帰ったのです。

 

 

 

 

 

第四章 バイトをしながらの、闘病と学問研鑽の日々

 

 

 

 

 

その際には、私は先生の指示により、前述したとおり、学校は辞めていました。

 

 

 

ただしそれは、「中退」ではなく、「除籍」でした。

 

 

 

というのも、私は先生に退学をうながされた時点で、まだ学校に未練があったからです。

 

 

そのため、学校からは手続きの催促が来ていましたが、学費を払わないまま、ズルズルと半年を超えてしまったのです。

 

 

 

当時の私は、学費未納ならば、勝手に学校が中退手続きを取ってくれると、勝手に思い込んでいたので、アテが外れた感じでしたが、とかく学校とはオサラバしました。

 

 

 

そして当時の私は、まず働く必要があったので、最初にバイト雑誌で見かけた交通誘導ガードマンの仕事を、することになりました。

 

 

 

 

しかしそこでは案の定、まったく仕事はできませんでした。

 

 

立っていても眠くなり、カラダも動かないので、とかく反応が悪く、仕事の役には、まったく立ちませんでした。

 

 

 

それでもその会社の社長は、私を厳しく叱りながらも、クビにしてくれなかったので、いまでは感謝あるのみです。

 

 

 

その当時の私は、まだ「人は、なんで働かなければならないのか、わからない」状態にあり、「労働の意味」が、まったく身に染みませんでした。

 

 

 

当然ですが、労働の大切さ、大変さも、まったく実感できませんでした。

 

 

 

そうして病院に通い続け、K先生からは行くたびに、「早く、就職しろ!」と言われ続けましたが、当の私は、どこ吹く風でした。

 

 

 

というのも、当時の私には、自分がやりたい、あるいは、すでにやろうとしている学問が、山ほどあったからです。

 

 

 

私が先生の指示どおり、学校をすんなり辞めたのは、独学でそれらを続けようという意志があったからです。

 

 

 

また、空手道場通いも再開しました。

 

 

 

短期間で体重が15キロも落ち、カラダも動くようになったので、以前よりずっと、上達はできました。

 

 

 

そんな私を見て、K先生は、とかく会うごとに「就職しろ!」と言うばかり。

 

 

 

ですので私は、K先生は私にとって大恩人ですが、主治医を替えることにしました。

 

 

 

それが、20年後の現在でもお世話になっている保田先生(仮名)で、この選択は私にとって、「大吉」と出ました。

 

 

 

というのは、保田先生の治療方針は、「患者が主役、医者はコーチかアドバイザー」というもので、患者の生活にまで、深入りしてこなかったからです。

 

 

 

といっても保田先生は、放任主義というわけではまったくなく、むしろ日本に5人いるかといったレベルでの、最高の名医です。

 

 

 

私は保田先生に、「心身を温めることの重要性」を教えられたので、それは現在でもずっと続けています。

 

 

 

それにくわえ、私は当時、背中のコリがひどかったため、近所の整体院に通うこととなりました。

 

 

 

そうして夕方には裸足で走りまわりながらの空手の練習、それが終われば、その整体院で教わった呼吸法を、お風呂で行い、風呂上りには体操という日々が、続きました。

 

 

 

当時の私は湯船で、呼吸法の練習をするたびに、脳髄がしびれ、手足の末端がビリビリきました。

 

 

 

そのため、風呂場で失神しそうになったのは、一度や二度では、ありません。

 

 

 

あるときなどは、お風呂のフタを敷いていたからよかったものの、そうでなければ、確実に湯舟で溺死ということもありました。

 

 

 

また私は、この数年後から銭湯、スーパー銭湯通いを始めるのですが、そこでも2回、失神しました。

 

 

 

1度目はなんとか自力で帰宅できたのですが、2度目はタクシーのお世話になりました。

 

 

 

またちなみに、1度目のときは、シャワーを浴びていて、そのまま気を失い、前に倒れ込んだので、一歩間違え、打ちどころが悪ければ、危険な状態でした。

 

 

 

そのときは床に前歯を強打したため歯が2本折れ、以後、私は義歯をつけています。

 

 

 

どうしてそうした現象が起こるのか、保田先生に訊いたところ、ふだんの緊張が強すぎるからだと、言われました。

 

 

たしかに私は、小学生のころから、肩が凝っていました。

 

 

 

それほどまでに、私のカラダは芯まで冷えて、緊張していたのです。

 

 

 

自宅の風呂場で、呼吸法の練習をしても、痺れがまったく来なくなるまで、10年以上の年月がかかりました。

 

 

 

 

 

第五章 もしあなたが、退職や転職を決めたなら

 

 

 

 

 

その後私は、おカネや時間の都合で、空手道場には通えなくなりましたが、心身の鍛錬と勉強は続けました。

 

 

 

そして私が40歳のころ、ライタースクールに通い、ライターになりました。

 

 

 

それが、現在まで続いています。

 

 

 

ところでですが、そうした半生を持つ私の意見ですが、ひょっとしたらあなたも、潜在的には「働けない人」なのかもしれません。

 

 

 

私の場合、30代はずっとフリーターでしたが、とかくムリをせず、自分のシフトで働けるところばかりを、選んでいました。

 

 

 

それで結果的に多様な仕事を経験でき、視野が広がり、多くの人間と接触できたので、私にはすっかりと「社会性」が身につきました。

 

 

 

また、貧乏や借金もかなり経験したため、おカネの大切さやおカネを稼ぐ大変さを、現在では感情レベルで、実感できています。

 

 

 

さて、あなたが現在、行っている仕事がどうしても辛いならば、退職、転職という選択肢も、もちろんあります。

 

 

この点は、産業医やカウンセラーさんなどと、よく相談すればいいでしょう。

 

 

 

もし退職、転職を実行するのならば、期間を決めて。実家に身をよせるのがいいと思います。

 

 

 

実家がない、あるいは遠いという人は、貧乏覚悟でフリーターや派遣社員をするのが、いいでしょう。

 

 

 

そうした選択は、一見、リスクだらけのように思えます。

 

 

 

しかし現在の社会情勢では、どんな会社が潰れても、おかしくない状況です。

 

 

 

むしろ大企業の社員であろうと、仕事への意欲が見えない者は、容赦なくリストラ要員にされるでしょう。

 

 

 

ですので、会社を辞める前に、自分のライフプランをよく考えておくことが、重要です。

 

 

私が結果的に就いた仕事は、ライターという自営業でした。

 

 

 

これは、自分の適性や興味などから割り出した結論だったのです。

 

 

 

あなたも会社を辞める前には、ご自身の適性や性質、特技等を、よく調べておくといいです。

 

 

 

そうしてこの場合は、自分の「好き」ではなく、「得意、できること」を基準に、次の職を探せばいいでしょう。

 

 

 

その後、会社を退社する段階で、すでに次の仕事が決まっていたら、問題ありません。

 

 

 

しかしそうではなく、どうしても空白期間ができてしまうようならば、その間は緩やかに働けばいいでしょう。

 

 

 

バイトといえど、貴重な経験です。

 

 

 

社会勉強のつもりで取り組めば、それなりに得るものがあるというのは、私は自分の経験から断言できます。

 

 

 

もし毎日、仕事が確保できるようなら、日雇い派遣の仕事などは、オススメです。

 

 

 

文字通り社会勉強になりますし、自分のペースで仕事量を調整できるからです。

 

 

 

また、キツすぎない程度の肉体労働も、オススメします。

 

 

 

とくに土木作業や庭師の仕事は、自然のなかでカラダを動かすので、心身の健康上にもいいでしょう。

 

 

 

 

くわえてそれらの仕事は、若くしてやるなら、体力がつきます。

 

 

 

この点は、私の経験からも保証します。

 

 

 

そうしてあなたの次の仕事ですが、もし資格が必要なものである場合は、充分に体力や時間を確保した上で、その対策に当たればいいでしょう。

 

 

 

ただし、たいていの資格は、持っているだけでは、ほとんど役に立ちません。

 

 

 

もしそれを、転職の武器にしようとするなら、2年以上の実務経験が必要となります。

 

 

 

そして求職期間には、規則正しい生活と、一定量の運動はしっかりやっておくことです。

 

 

足裏への刺激、裸足でのランニング、カラダを温めること、カラダをほぐすこと。

 

 

 

これらを実践することで、あなたは緊張が解けていき、「リアル」を感じる能力が、あなたのなかで目覚めてきます。

 

 

 

また、主体的に自分で決めたことを消化することは、今後あなたが、仕事に積極的に取り組めるようになるのに、役立ちます。

 

 

 

そうしてあなたは、バイトや社会勉強、体操などを経て、より「リアル」を感じられるようになればいいでしょう。

 

 

 

なお、あなたがその際に実践すべきトレーニングや、理想的な生活、マインドセットなどは、下記ページを参考にしてください。

 

 

 

ココロもカラダも、仕事にも人生にも疲れたあなたを救う対処法、伝授します!

http://nayamimuyou.net/jinsei/tsukareta.html

 

 

 

 

 

第六章 各種、内職的な仕事、フリーランサーとしてやっていくには

 

 

 

 

 

さて、この時点でもまだ、どうしても勤労意欲がわいてこなければ、あなたは自宅でできる仕事を、探せばいいと思います。

 

 

 

それならば少なくとも、通勤と人間関係のストレスからは、解放されます。

 

 

 

そういえば本年度2020年において、コロナ禍によるリモートワークが本格化すると同時に、自殺者が減少したという、皮肉な事実があります。

 

 

 

勤め人の多くは、仕事以上に満員電車での出勤や、社内での人間関係を苦にしていたのだと、わかりました。

 

 

 

さて、本題に戻ります。

 

 

 

その場合、あなたがすべきは、内職的な仕事で、特技があれば、イラストレーターやライターなどでも、いいと思います。

 

 

これは、クラウドワークスやランサーズなどに籍を置けば、すぐにでも始められる仕事です。

 

 

 

ところがもちろんですが、ギャラはさしてよくないので、生活を成り立たせるためには、数をこなさなければ、いけません。

 

 

 

まずイラストレーターですが、こちらの相場は一件、簡単なイラストを仕上げて、2000円くらいです。

 

 

 

売れてきて慣れてくれば、一枚あたり1時間くらいで、完成できるようになると思います。

 

 

 

すると、それを1日5件行えば、日給は1万円、それを月に20日行えば、食べてはいけるでしょう。

 

 

 

ですが、そこまでの技量と量産能力、顧客からの信頼を得るには、年単位の時間が必要です。

 

 

 

しかしこの場合、長く真面目にやればリピーターさんやファンがついてくれるので、仕事は安定すると思います。

 

 

 

次いでライターですが、こちらは比較的売れている場合でも、1文字1円くらいだと思いましょう。

 

 

 

やはり「文章を書く」ということは、「絵を描く」より、多くの人ができることなので、どうしても仕事の単価は、安くなってしまいます。

 

 

 

そして、慣れた人なら1時間で2000字くらいは、書けます。

 

 

 

しかしこの仕事は、意外と後から、疲れが「ドバ」っと出るので、毎日はできないと思っておいたほうがいいです。

 

 

 

さらにこの仕事は、単純に文章を書けば、いいというものでは、ありません。

 

 

 

最初にクライアントさんの指示をよく理解し、調べ物を一通りしてから、やっと執筆です。

 

 

 

さらには、文章の推敲がありますが、これは場合によると、文章作成より大変です。

 

 

 

というのは、クライアントさんの意向に沿わない記事を、納品するわけにはいかないので、見直しは慎重に行う必要がるからです。

 

 

 

 

それほどやっても、クライアントさんに没稿あつかいされ、イチから書き直さねばならない場合も、あります。

 

 

 

それでも1日5時間働けば、1万円に達するので、これもまた月に20日もやれば、なんとか生計も立ちます。

 

 

 

ですがこの業界は、時間を持て余した主婦などが、気楽な副業として、激安の単価で仕事を引き受けていたりするので、競争は相当に激しいです。

 

 

 

ただし、あなたになんらかの得意分野、専門知識があれば、その業界で重宝され、長く食べていくことも可能です。

 

 

 

ちなみに私の場合は、ある程度キャリアを積んでいるので、それよりはずっといいギャラは、もらっています。

 

 

 

ですが、ここに到着するまでの大変さは、相当なものがありました。

 

 

 

また、こちらはギャラを上げていって、最終的には書籍が出せるようなライターになろうとすれば、どんどんと出版社に営業もかける必要が出てきます。

 

 

 

結論として、ライバルの多さと、報酬の安さだけを求め、作品の質にはそれほど頓着しないクライアントが多いため、これ一本で食べていくには、かなり大変だと思います。

 

 

 

しかしとりあえず、あなた自身ががんばれば、不可能ではありません。

 

 

 

その他にも、フリーでできる仕事にデザイン、音楽、撮影、翻訳等があります。

 

 

 

しかしトータルとしての仕事量やギャラは、上に述べたものと、あまり変わりません。

 

 

 

つまり、1日、一生懸命働いて、1万円くらい。

 

 

 

そして、コンスタントに仕事が取れるようになるまでには、年単位の月日が必要になるということです。

 

 

 

ですからこうした道で食べていこうとするなら、最初は日雇い派遣の仕事などと兼業して、時間の調整をしながら、行うのがいいと思います。

 

 

 

ただし、ですが、これらの仕事は厳しく、低賃金というだけではありません。

 

 

 

それなりに、夢もあります。

 

 

 

というのは、実力がついたときに、自分の作品を出版社や編集プロダクション等に売り込む。

 

 

 

あるいは自身のブログや YouTube、SNS などで発表することにより、人気が得られれば、メジャーデビューできる場合もあるからです。

 

 

 

そのときには、千万円単位の年収を得ることが可能でしょう。

 

 

 

ただしそのためには、ふだんから自分の方向性をハッキリさせ、努力を継続させることが、必要ですが。

 

 

 

この点は、たとえ売れても「一発屋」で終わらないようにするためにも、重要なことです。

 

 

 

またたとえ、そこまでは行かなくとも、地道に実績を積み上げ、実力を向上させていけば、いいことは多いです。

 

 

 

それにより仕事の幅を増やし、自己ブランディングをすることで、自分がお客さんを選べる立場にも、なれるからです。

 

 

 

場合によっては、独立もできます。

 

 

 

またその際にも、サラリーマン以上の年収を確保することは、充分に可能です。

 

 

 

さて次に、不労所得を得られると、だれもが憧れるネットビジネス、せどり、アフィリエイトですが、これらはたしかに成功すれば、大金が手に入ります。

 

 

 

 

しかしこれは、成功者の割合が非常に少なく、また一度成功しても、それを維持するのがむずかしい業界です。

 

 

 

その理由は、まずは自分の作成したサイトが、他人に読まれるようになるまで、時間がかかる点が、挙げられます。

 

 

 

どんなに良い記事を書いても、最低、3か月から半年くらいは、よほど広告でも打たないかぎり、ネットでは上位表示されません。

 

 

 

その間に、精神力が持たなくなって、止めてしまう者が大半です。

 

 

 

また最近では、企業による大規模キュレーションサイトが目立ちます。

 

 

 

つまり、予算に余裕のある企業が、複数のライターを雇い、大規模サイトを作成するのです。

 

 

 

そのなかには、書かれている内容が深い、いわゆる「刺さる記事」は、非常に少ないです。

 

 

 

大部分が、ターゲットもそれほど意識していない、総花的な内容で、自分のタメになるようなものは、滅多に見かけません。

 

 

 

しかし彼らは、とかく資金力を武器に、「質より量」の作戦でくるため、個人はどうしても、それに圧倒されてしまいます。

 

 

 

ですがそれだけに、ターゲットと売る商品を最初から明確にし、計算しつくしたサイトをつくれば、個人でもチャンスはあります。

 

 

 

ところが最近では、Google のアルゴリズムが、だれも予想のできない、じつに気まぐれな動きを見せています。

 

 

 

そのため、それまでトップ表示だった記事が、あっという間に圏外へということも、現在ではめずらしくありません。

 

 

 

くわえて、ネットビジネスはその性質上、最初から個人でやるには、難易度が高すぎます。

 

 

 

すると、信用できる講師を見つける必要がありますが、これもまた、8割から9割が、インチキという世界です。

 

 

 

またそのための授業料や、教材、ツールなどの代金も、バカになりません。

 

 

 

よってネットビジネスは、あなたがまったくの初心者であるならば、よほどの覚悟で挑む必要が出てきます。

 

 

 

たしかにこの業界は、成功すると、億単位の収入も可能です。

 

 

 

ですが私個人としては、あなたが堅実性を求めるのなら、あまりオススメしません。

 

 

 

この点で述べれば、最近流行の YouTuber やブロガーも同様です。

 

 

 

初期費用は比較的かからないものの、成功者に対しての脱落者の圧倒的多さから見れば、通常の会社勤めのほうが、比較にならないほどラクでしょう。

 

 

 

 

 

第七章 生活保護、ヒモ等、他人に食わしてもらう生き方

 

 

 

 

 

さて、私がこれまで挙げた生き方のどれも、ピンと来ないというのであれば、まずは生活保護受給という手段もあります。

 

 

 

こちらは、近年の不況を反映して、受給に至るまでの道は、容易ではありません。

 

 

 

とくにあなたが健康で、ただの失業者だというのであれば、そういえます。

 

 

 

しかし、それを得意とする団体や弁護士も、存在します。

 

 

 

しかも、それは懸命にネット上で探せば、すぐに見つかったりもします。

 

 

 

そうしたところはたいてい、最初は無料で相談を聞いてくれますので、行くだけ行っても、ムダではないでしょう。

 

 

 

それだけならば、必要なものは事務所への交通費くらいなので、とりあえずやってみては、いかがでしょうか?

 

 

 

そして次に、「人に食わしてもらう」というなら、「ヒモ」という選択肢もあります。

 

 

 

最近では、「ヒモとして、生きていく」ための方法を記した書籍や情報商材、サイトなども多くありますので、参考にしたらいいと思います。

 

 

 

私は、妻のほうが夫より、圧倒的に収入が高い夫婦を、いくつか知っています。

 

 

 

ところが、夫が完全にヒモというケースは、まったく知りません。

 

 

 

かつては「主夫」だったという人には、私は何度かあったことがあります。

 

 

 

ですがそうした人たちも、最初から主夫だったわけでなく、一時的に病気や失業、資格試験の勉強のため、そうしていた人たちばかりです。

 

 

 

ですので、その点については、くわしく述べることはできません。

 

 

 

ただし昨今は、不況の影響で、ヒモ男を飼える裕福な女性という存在そのものが、少なくなってきていると思います。

 

 

 

そうした理由から、あなたがヒモや女性経験が豊富でないなら、あまりオススメはできません。

 

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第八章 プライドを捨て、人のやりたがらないことをする

 

 

 

 

 

さてここでは、あなたがいったん会社を辞めることを決意しながらも、やはり会社に残ることを考えた場合のことを、記します。

 

 

 

まず、あなたが社内の人間関係に不満があったとします。

 

 

 

その場合、どこの会社でも異動がありますから、それまでの数年、ガマンすればいいということになります。

 

 

 

そのときあなたは、とかく愛想よくして、人に好かれることにより、仕事のできなさや人間関係の問題は、パスできます。

 

 

 

「自分は、そんなキャラではない」と、あなたはおっしゃるかもしれません。

 

 

 

ところが私は別に、あなたにお笑い芸人や YouTuber のようになれと言っているのでは、ありません。

 

 

 

あなたがすることは、礼儀正しくだれにもあいさつをし、人の仕事を助けるつもりで、いつも気を利かせるだけで、大丈夫です。

 

 

 

むかし私が内勤のバイトをしていたとき、須崎さん(仮名)という人がいました。

 

 

 

この人は、とかくなにをやらせても、ダメ。

 

 

 

仕方ないので会社は、須崎さんには書類の整理ばかりを、させていました。

 

 

 

ところがそれでも、須崎さんは社内で溶け込んでおり、社員の人たちからは「仲間の一人」と、認識されているようでした。

 

 

 

はっきり言って須崎さんは、それほど面白みのある人物でもなく、もちろん仕事はできません。

 

 

 

なのにどうして、会社で生き残れているのかと観察していたら、いろんなことが見えました。

 

 

 

まず須崎さんは、人のやる仕事の前準備をしたり、私のようなバイトにも、丁寧にあいさつしたりと、とかくマメなのです。

 

 

 

そして、指示されたことには、文句ひとつ言わず、人から自分の評判など、馬耳東風です。

 

 

 

そのように割り切って、わき役に徹してしまうと、それ自体が、重要なポジションとなります。

 

 

 

なぜなら、それは社内で必要でありながらも、だれもやりたがらないことだからです。

 

 

 

あなたも、とくに出世欲などないのなら、須崎さんのように振る舞うのも、生きていく道のひとつです。

 

 

 

また、次に私の話になりますが、私は20年ほど前、病院から退院して間もないころ、某大手家電の量販店に、バイトで勤めました。

 

 

 

そのときの私は、精神の病気はほとんど残ったままで、とかく人の話がアタマのなかで滑り、脳内に残りません。

 

 

 

そのため、私はやることなすこと、ドジだらけでした。

 

 

 

それでも私は、単純な、だれもやりたがらない肉体労働系の仕事ばかりを、ずっとやっていました。

 

 

 

正直に申し上げて、当時の私には、いろいろと複雑な仕事を命じられるより、黙々と単純作業を、一人でやっているほうが、ラクでした。

 

 

 

なので私としては、社内でのそのあつかいに、なんの不満もなかったし、人にバカにされても平気でした。

 

 

 

ところがある理由から、私はその店を辞める必要ができたのです。

 

 

 

そのとき私の主任は、はっきりいってその部署でもっとも無能な私を、何回も引き止めてくれたのです。

 

 

 

それでも私は、どうしても事情があったので、そこを退職することにしたのですが、主任はそんな私のために、送別会まで開いてくれました。

 

 

 

それほどまでに、「ヘンなプライドを捨て、人のいやがることをすすんで行う人物」というのは、重宝されるのです。

 

 

 

ですのでこの場合、あなたがすべきは、ただ一つ。

 

 

 

「プライドを捨てて、人の役に立つ覚悟を持つこと」だけです。

 

 

 

そうすればあなたは、イヤな職場でもやっていけるでしょう。

 

 

 

 

 

第九章 「愛されたい」気持ちに素直になり、弟キャラ、お子ちゃまキャラを目指す

 

 

 

 

 

次にあなたにオススメするのは、「弟キャラ」、「お子ちゃまキャラ」を目指すことです。

 

 

 

 

これはまさに、私が20歳くらいのころから、50歳を目前にした現在まで、生き残ってきたやり方です。

 

 

 

まずあなたは、ほぼ間違いなく、幼少期には父親からの愛情を、受けてこなかったはずです。

 

 

 

ならばあなたはいまでも、ココロのどこかに「愛されたい」という思いが残っており、愛に飢えている部分があると思います。

 

 

 

あなたは、この点を逆手に取るのです。

 

 

 

とかく人には下手に出て、「ありがとうございます!」を口癖にすれば、いいのです。

 

 

 

その際には、あまりにもキモくならない程度でしたら、「子どもっぽいしゃべり方」は、かえってプラスに作用します。

 

 

 

日本の企業は、いまでも人事は、合理化が徹底しておりません。

 

 

 

ならば、仕事のできない人間でも、愛嬌があれば、生き残るチャンスはあるということです。

 

 

 

現に私は、30代のころは、そうして生き残ってきました。

 

 

 

先ほどの話とやや重複しますが、私はある清掃会社に勤めていたころ、ドジの連続でした。

 

 

 

この時点でもまだ、精神の自閉的で病的な部分が残っていたため、とかく人の指示がアタマに残らない、モノの配置が覚えられない、等です。

 

 

 

ですが私は、自分なりにやるべきことはやり、手すり拭きのような単純作業は、人の見てないところでも、徹底させました。

 

 

 

そのため私は、全身に入れ墨を彫った、コワモテの上司に気に入られ、彼は私のドジを、ことごとく許してくれました。

 

 

 

それどころか、私の仕事のできなさに文句の言う社員に対し、ニコニコしながら、「大丈夫、大丈夫」と、私をいつもかばってくれたのです。

 

 

 

もちろん私は、仕事ができないなりにいつも可愛らしく、謙虚に振る舞っていました。

 

 

 

そして私は、あるときそこを辞めることになったのですが、このときも社長が、何度も何度も、私に思い直すように言ってきたのです。

 

 

 

そうしたことからあなたは、自分のココロに素直になり、「人に気に入られたい、甘えたい」という思いを、正直に出せばいいのです。

 

 

 

たとえば、先輩に訊きたいこと、頼みたいことがあれば、ちょっと甘えた感じで、遠慮なく尋ねましょう。

 

 

 

丁寧に目下から、ものを尋ねられて、気を悪くする人は、あまりいません。

 

 

 

女性なら、とくにその傾向が強いです。

 

 

 

すると、あなたの職場の雰囲気も変わり、あなたは社内のマスコット的存在となれ、居心地もよくなります。

 

 

 

ちなみにですが私は、これまでどんな職場に行っても、母性の強い年上の女性には、例外なく優しくされました。(*´ω`*)

 

 

 

とかくそうすればあなたは、会社にいながらでも、自分に合った仕事を見つけられ、「リアル」を感じるエクササイズにもなります。

 

 

 

なぜなら、「人から大切にされる」ということは、自分が素直になりさえすれば、最高に自分のココロに響くからです。

 

 

 

その結果、あなたが「リアル」に目覚めれば、自然と「働く意味」が、実感としてわかってきます。

 

 

 

ならば現在、あなたが会社で任されている仕事をやる意味や意義もわかってきて、おのずと労働意欲も、わいてくるはずです。

 

 

 

そうなれば、「あなたのできること」も増えてくるので、あなたの選択肢も、それだけ多くなります。

 

 

 

 

 

第十章 「自分の人生の主役は、自分」の気持ちでいれば、多くのことが見えてくる、できるようになる

 

 

 

 

 

次に、社内において、あまりオススメできない態度について、述べます。

 

 

 

それは、「とかく仕事の時間だけは、自分を殺し、休日にやりたいことを楽しみにして働く」というものです。

 

 

 

 

この心構えでいると、いつのまにか万事において、「逃げ」のクセがついてしまいます。

 

 

 

すると、あなたは人生においても、「なにかに挑戦するという意欲」が、出なくなっていきます。

 

 

 

これは、たとえあなたが「働きたくない」と、いつも思っている人であっても、あなたの人生全体から見れば、損なことです。

 

 

 

たとえ人のいやがることをやるにせよ、「自分は人の役に立っている」、「人から感謝されている」という思いは、素直に受け入れ、感じるようにしましょう。

 

 

 

ただし、「会社で稼いだおカネを、自分の目的のために使う」なら、OK です。

 

 

 

なぜならそれならば、ちゃんとした目的意識を持てるからです。

 

 

 

また恋人ができて、彼女とのデート代を稼ぎたい、というのも、大丈夫です。

 

 

 

というのも、特定の異性と長くつき合っていると、やがてどうしても「結婚」を意識するようになります。

 

 

 

そうすると、おカネの大切さ、おカネを稼ぐことの意味も、見えてくるからです。

 

 

 

とかく、働くにせよ、そうでないにせよ、会社を辞めるにせよ、そうでないにせよ、あなたにとって大切なのは、たった一つの覚悟だけです。

 

 

 

それは、「自分の人生の主役は、自分」という意識を持ち、つねに主体的に生きることです。

 

 

 

そうすれば、あなたのなかでの「仕事の位置づけ」も、じょじょに見えてくるはずです。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

現代日本では、「働きたくない若者」が急増しているが、それもムリのないことです。

 

 

 

なぜなら、日本企業そのものが、戦後の風潮を残し、旧態依然なままだからです。

 

 

 

またあなたは、幼少期には「魚はあたえられても、魚の捕り方は教えられない」育ちをしてきたことでしょう。

 

 

 

つまり、あなたにとって必要なものはなんでも勝手にまわりが用意してくれるが、そのため、当のあなた自身は、まったく成長しないということです。

 

 

 

そこからあなたは、「会社から逃げ出したい」という気持ちが抑えきれなければ、それを実行するのも、ありです。

 

 

 

しかしどの道を選ぶにせよ、他人に食わせてもらうにせよ、それはサラリーマン時代以上に厳しいものになるでしょう。

 

 

 

そんなあなたには、社内に残っても、楽しく生き残る道もあります。

 

 

 

それは、「弟キャラ」、「お子ちゃまキャラ」でいながら、人のいやがることを、あえてするという方法です。

 

 

 

こういう人は、あなたの予想以上にまわりから重宝され、愛されます。

 

 

 

そうしてあなたは、幼いころに父親から愛されなかった気持ちを満たすつもりで、まわりの人に甘えてみましょう。

 

 

 

そうすれば、職場の雰囲気もよくなり、あなたの存在意義も大きくなります。

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、
50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。
その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、
自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

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