虚言癖とは、育ちの過程における歪み。「リアル」を心身に叩き込み、克服しろ!

はじめに

 

 

 

 

 

ここでは心理学上でもよく話題になる、「虚言癖」について、述べていきます。

 

 

 

当然ですが、虚言癖にも、程度が重いものから軽いものまであります。

 

 

 

症状が軽いものについては、本人の「クセ」レベルかもしれません。

 

 

 

ならば、ふだんの心がけと数回のカウンセリング等で、治ってしまうかもしれません。

 

 

 

ところで私は、少年期から22歳くらいにかけて、虚言癖がありました。

 

 

 

それも、かなり重度なものでした。

 

 

 

そんな私ですが、あるときから自分の虚言癖を自覚したため、意識的にそこから脱出できました。

 

 

 

そこで、当時の私と同様、止めたくても嘘が止まらない、嘘をつくことに罪悪感がなくて怖い、というあなたのため、私の虚言癖との闘いを記します。

 

 

 

私の経験が、少しでもあなたのお役に立てれば、苦しみまくった若き日の私も、きっと報われると思います。。

 

 

 

どうかこの記事が、あなたを「虚の世界」から「現実世界」へ引き上げることを望みます。

 

 

なぜなら、それは私の満足でもあるからです。

 

 

 

 

第一章 孤独で、空想、妄想ばかりしていた、少年時代の私

 

 

 

 

 

まずは、私の虚言癖について語るには、私の育ちを知ってもらいたいと思います。

 

 

 

少し長いですが、時間のある方は、下記をお読みください

 

 

 

自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます
http://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html

第一章から第七章まで

 

 

 

 

もしあなたが、上記引用部を読まなかったのなら、簡単に私の成長過程における問題点を、述べます。

 

 

 

それは、幼少期、少年期の私はつねに、身もココロも「リアル」から離されて育ったということです。

 

 

 

とかく私は、現代核家族の長男としてあり、母親は病弱だった私にベッタリ。

 

 

 

そして父は、そもそも核家族における家長の役割も、まったく理解しておりませんでした。

 

 

 

つまり父には、子どもに社会の規範を教えなければいけないし、核家族ならば基本的に、それができるのは父親だけという自覚もなかったのです。

 

 

 

よって私は、父から「社会をどう生きていけばいいか」ということを一切、教えられずに成長していきました。

 

 

 

そんな私でしたので、もちろん、人づき合いは大の苦手でした。

 

 

 

端的に述べるなら、同じ年の同級生さえ、怖かったのです。

 

 

 

ですから私は、当時は一人でいることが多かったです。

 

 

 

私があまりに孤独であるため、母が私の同級生のお母さんたちに頼み込み、そこのお子さんたちに、私と遊ぶようにさせたことも、何度もありました。

 

 

 

そうしたことから、私は異常なまでに孤独な少年でしたが、一人のときはいつも、空想や妄想ばかり、していたものです。

 

 

 

そこから、当時の私は万物に「リアル」を感じていなかった、というより、リアルと妄想の区別が、自分のなかでハッキリとついていませんでした。

 

 

 

 

第二章 共同体の規範を、宗教の教義として、個々人に刷り込んできた人類

 

 

 

 

 

ところで、もしあなたが前章の引用を読んでくださったのなら、「人間とは、社会的存在だ」ということは、おわかりいただけると思います。

 

 

 

これはどういうことかといえば、一見、「本能」のように思える心的反応も、じつはその人が生まれ育った共同体の価値観の一部である、ということです。

 

 

 

この点を、「インディアン」と呼ばれるネイティヴ・アメリカン(アメリカ先住民)の社会から、見ていきます。

 

 

 

そもそも、ネイティヴ・アメリカンには、「所有」という概念がありませんでした。

 

 

 

ですから彼らにとってみれば、すべてが「俺のものは、みんなのもの、みんなのものは、俺のもの」だったのです。

 

 

 

端的に述べれば、どんなものもすべては、共同体のものであり、共同体と個人のあいだに、距離はなかったのです。

参照 https://base81.com/info/偉人から学ぶ英語の名言~ネイティブ・アメリカ.html/

 

 

ところで、15世紀後半から大航海時代が始まり、アメリカ大陸には多くの白人たちがやって来ました。

 

 

 

そして白人たちは、ときには泥棒同然のふてぶてしさで、ネイティヴたちの土地や食料を奪っていきましたが、それでも彼らは、白人たちを咎めませんでした。

 

 

 

もちろん、同時代の日本や西洋でそんなことをすれば、間違いなく窃盗罪で捕まったことでしょう。

 

 

 

ですが、ネイティヴたちの世界では、そもそも「窃盗」という罪の概念はなかったため、彼らは白人たちの行為を、「悪いこと」とは、思わなかったのです。

 

 

 

また参考のため、、以下のページ第三章を参考にしてください。

 

 

 

 

寂しい気持ちに、なぜあなたは苦しめられるのか?それを満たす根源的方法
http://nayamimuyou.net/cocolo/なぜあなたは、寂しい気持ちに苦しめられるのか.html

 

3 第三章 『罪と罰』に見る、青年が孤独に陥るプロセス

 

 

ここでは、ロシア文学の最高峰、ドストエフスキーによる『罪と罰』が、論じられています。

 

 

 

殺人を犯した主人公、ラスコーリニコフを苦しめたのは、「本能」ではありません。

 

 

 

あくまでラスコーリニコフが生まれ育った、キリスト教社会における、「殺人は、最大の罪」という道徳規範です。

 

 

 

こうした規範は、前近代の共同体においては、世界中ほぼ例外なく、宗教の教義により成立していました。

 

 

 

西洋ではキリスト教、中東ではイスラム教、日本では神道を中心とした上で、儒教や仏教を取り込んだ教えとして、存在していたのです。

 

 

 

ただ余談ですが、若干の例外は、存在します。

 

 

 

それは、中国と朝鮮です。

 

 

 

近代までの中国、朝鮮を支配したイデオロギーは儒教ですが、儒教はどちらかといえば実践道徳であり、宗教とは呼びがたいからです。

 

 

 

というのも、儒教には宗教ならば必須の教えである、「神」や「死後世界」について、ほぼ言及がないからです。

 

 

 

あるのはただ、儒教の創始者・孔子による、支配者のための道徳的教えのみです。

 

 

 

また未開社会においては、すべてを霊魂のはたらきによると考える、「アニミズム」という信仰が中心でした。

 

 

 

未開社会においては、アニミズムを持たない民族、共同体は、まったくいなかったはずです。

 

 

 

ともかくも人間は、古代から近代まで、そうした共同体をまとめあげる宗教の規範を、さまざまなかたちで社会や個人に浸透させていきました。

 

 

 

たとえば、子どもに対しては「聖的なもの」として、それらを学校や教会で教えました。

 

 

 

さらには俗的には、一般社会における常識や娯楽などを通じ、彼らの無意識にまで叩き込んだのです。

 

 

 

なぜ人間が、いつの時代もそんなことをしたかといえば、人間が本能を喪失した生物だからです。

 

 

 

そのため人間には、「本能」に替わる「刷り込み」が必要とされるのです。

 

 

 

この点は、以下のページの章を、参考にしてください。

 

 

 

 

優柔不断は、育ちの問題。自分で決断力、判断力を身につけ、克服しよう!
http://nayamimuyou.net/cocolo/yuujuufudan.html

 

2 第二章 人類の共同体を支配する「ism」の存在

3 第三章 1000年来の「イエ」の伝統が、ほんの10数年で崩壊した日本

 

 

 

 

またその「刷り込み」は、民衆に対して「信賞必罰」という「アメとムチ」によって、なされます。

 

 

 

つまり共同体の規範に沿ったいいことをすれば、公の場で表彰され、逆に好ましくないことをすれば、街中でさらしものにされたりします。

 

 

 

そうすることによって、やっと共同体の規範というものは、個々人の感情レベルへと刷り込まれるのです。

 

 

 

またそれによりはじめて、共同体もちゃんと機能するようになるのです。

 

 

 

 

第三章 子どもが自分で生きる規範をつくる、現代という時代

 

 

 

 

 

さて、ここまで読んでくださって、あなたは「これのどこが、『虚言癖』の話なの?」と、思われたかもしれません。

 

 

 

ですが下記章で示したように、われわれが住む「戦後日本」という社会は、人類史から見ても、じつに特殊な時代なのです。

 

 

 

優柔不断は、育ちの問題。自分で決断力、判断力を身につけ、克服しよう!
http://nayamimuyou.net/cocolo/yuujuufudan.html

 

3 第三章 1000年来の「イエ」の伝統が、ほんの10数年で崩壊した日本

 

 

 

 

なにしろわれわれ現代日本人は、自国で1000年間も培われた規範を、自らの手で、わずか10数年で消滅させたのですから。

 

 

 

上述引用のように日本は、自国で1000年間機能した、「アジア的大家族主義」を、ほんの短期間で手離しました。

 

 

 

ですがもちろん、現代日本人はそれまでの地域共同体から天皇制に至る、「イエ」の論理に替わる規範や価値観を、生み出したわけでは、ありません。

 

 

 

しかも現代の社会では、父は仕事に忙しく、母は子どもにベッタリ、そして学校は、個々の生徒には、深く関わらない方針です。

 

 

 

すると孤独に置かれた子どもたちは、自分で自分に都合のいい規範をつくり、その規範の下に生きていこうとします。

 

 

 

そしてその大部分は破綻し、子どもは手探りで、自分の生き方を模索していくことになります。

 

 

 

ところが、いいことなのか悪いことなのか、まれにその少年期独自の規範のまま、生きていける人間も出てきます。

 

 

 

それが1995年に「地下鉄サリン事件」を起こした「オウム真理教」の教祖・麻原彰晃であり、1988年から1989年までに4人の幼女を殺害した、宮崎勤です。

 

 

 

これらはたしかに、極端な例ではあります。

 

 

 

ですがそんな社会では、とかくどんな意味にせよ、世の常識にはまったくとらわれない、自分独自の規範で生きていく人間が、大量発生します。

 

 

 

そしてその規範が、たとえば純粋にビジネスや学問等に向かっていれば、なんの問題もありません。

 

 

 

ところが現実には、平気でウソをついたり、犯罪を犯したりする者たちが、大勢生まれています。

 

 

 

もちろん前近代の日本にも、むかしの西洋にも、そうした犯罪者は存在していました。

 

 

 

ですが戦後日本ほど、そうした人物が急増した地域は、歴史的にもちょっとないと思います。

 

 

 

それほどまでに、戦後日本の変貌は急激だったのです。

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第四章 虚言癖から万引きにまで発展した、私の中学時代

 

 

 

 

 

さて、ここで再度、私の幼少期、少年期の話へと向かいます。

 

 

 

まず私の場合、何度も申したように、「リアル」を感じる能力が、著しく欠如していました。

 

 

 

ですので、自分の発言にも、虚実の違いは、それほど感じられませんでした。

 

 

 

つまり、嘘をつこうが、本当のことを言おうが、自分の感覚では、大差がなかったのです。

 

 

 

そうして、気づいたときには、私は「ウソつき少年」でした。

 

 

 

また当時の私にとって、「ウソをつく」ことの目的は、親の関心を買うため、そして自分を実際以上に大きく見せるためでした。

 

 

 

とかく当時の私は、父親にかまってほしい気持ちが強かったです。

 

 

 

ですから夕食の際などで、「今日あった出来事」を、過大に報告するか、あるいはまったく経験していないことを、もっともらしく語ることが多かったです。

 

 

 

その結果として、少しは父親の関心を買うこともあったし、またウソがバレることもありました。

 

 

 

ですがその後は、父親は私を、「よくウソつく子」と認識するだけで、その裏にある私の寂しい気持ちまでは、もちろん理解してもらえませんでした。

 

 

 

またそうした経験の蓄積が、私のココロの穴をどんどんと広げていき、成人してからの精神病発症へとつながります。

 

 

 

そして当時の私がよくウソをついた、もう一つの理由、「自分を大きく見せるため」を、説明します。

 

 

 

このとき私は、現実的に自分が大きくなろうと望んだわけでは、ありませんでした。

 

 

 

まず当時の私にとっての「リアリティー」は、自分の脳内にあるファンタジーの世界のみでした。

 

 

 

私はそのなかで、自分が神さまにならなければ、気がすまなかったのです。

 

 

 

私のウソは、そのためのものでした。

 

 

 

決してウソやハッタリで世に出て、他人を従わせようなどと、思ったわけではありません。

 

 

 

私のウソはあくまで、私の幼い万能感を満たすために、家族や友人に対してついたものでした。

 

 

 

そうして、小学校を卒業するころになってももちろん、私の環境も両親の態度も変わりませんでした。

 

 

 

ただ私は、いつも孤独で愛に飢えており、そしてそうした状況がもたらした病気、アトピーが、悪化していきました。

 

 

 

またこの時点では、現在私が患っている、抑うつ神経症は発症していませんでしたが、その萌芽はすでにありました。

 

 

 

私は慢性的で極度な緊張に苦しめられており、小学生の時点で、肩こりに悩まされていたのです。

 

 

 

そして中学生のころには、万引きを始めました。

その理由はもちろん、盗んだ商品が欲しかったからでは、ありません。

 

 

 

社会では、「盗みは悪」という常識がありますが、当時の私には、それさえ抽象的で偽善的に思えたのです。

 

 

 

当然に、社会が窃盗を犯罪とするのは、それを容認すると、社会が成り立たなくなるからですが、当時の私は、それも実感できなかったのです。

 

 

 

また無論、「盗まれた人が困る」という発想も、ありませんでした。

 

 

 

というのは、そのように他者の身になって考えられる人は、基本的に自分自身が充実している人です。

 

 

 

当時の私のように、父親の無関心にさらされ、ココロの空洞が日に日に大きくなっていく状況では、他人のことなど、考えられません。

 

 

 

そうしたことから、私が万引きをした動機は、いまにして思えば、以下のようなものだったと思います。

 

 

 

「自分のなかに、『盗みは悪』という『規範がないこと』を、確認するため」

 

 

 

そうして、自分がわからない自分」に対し、「自分の本性」を知らせる目的だったのかな、と考えます。

 

 

 

そのようにして私は、中学校時代はウソをつく、盗みをする等の小さな罪を重ねていったのです。

 

 

 

万引きしたときに、私は何度か、店の人に捕まりました。

 

 

 

ですがそれでも、やはり私には罪悪感はなかったし、それどころか、ベラベラと保身の言い訳をしていました。

 

 

 

お店から親に、数回、引き渡されましたが、もちろん私の両親には事情がわからず、私を問題児だと思っただけでした。

 

 

 

当時の私の精神における根底部分には、親に叱られることにより、「盗みは悪」という規範を植えつけられたい、という思いがありました。

 

 

 

だがまた同時に、現状の自分が破綻したくないという気持ちもあり、その両端の衝動に、私は揺さぶられていたのです。

 

 

 

またさらに述べると、私がウソつきだった理由は、純粋に責任回避をするため、というのもあります。

 

 

 

小学校の高学年くらいから中学生くらいにかけては、子どもながらに責任を求められることが多くなります。

 

 

 

たとえばあたえられる課題も増えるし、生活上でも「自分のことは、自分でやれ」と言われる機会も多くなります。

 

 

 

ですが私は、幼少期から「生きるチカラ」を、愛情とともにあたえられては、いませんでした。

 

 

 

つまり当時の私は、精神も能力も、非常に未熟だったのです。

 

 

 

そうしてたとえば、学校で宿題をやってこなかった、あるいは間違って家のものを壊した、というときには、とっさに巧妙なウソが口から出ました

 

 

 

そのときの私は、精神が自閉していた分、アタマの回転だけはよく、口達者だったのです。

 

 

 

 

そうして危機を乗り切った場合もありますし、また逆に口がうますぎるので、かえって強く叱られたこともありました。

 

 

 

いずれにせよ当時の私は、「叱られること」への恐怖は人一倍多く持っていました。

 

 

 

ですが、自分が悪かったことを反省したり、迷惑をかけた人に対し、罪悪感を感じるということは、ありませんでした。

 

 

 

それどころか追いつめられると、泣きそうな顔をして、いかにも罪悪感に苦しんでいるような演技をすることさえ、ふつうにやっていました。

 

 

 

少年時代の私は、それほどまでに、「人間としての核、良心、倫理観」といったものが、ぽっかりと欠落していたのです。

 

 

 

そうして破滅と保身、両方の願望を抱きながら、私は相変わらず「生きること」や「ウソをつくこと」にリアリティーも罪悪感も感じられないまま、高校生になりました。

 

 

 

 

 

第五章 ある健康食品がもたらした、精神病治癒への糸口

 

 

 

 

 

さて、二流の都立高校に通いだした私ですが、そこでは万引き等の悪さをすることは、ありませんでした。

 

 

 

ただしもちろん、発言や行動に責任感がともなわないのは、相変わらずでした。

 

 

 

またその時期から、自分のなかの愛情欠乏と、それによる精神のゆがみが、本格的に精神病として、結実しようとしていました。

 

 

 

下記ページの第一章、第二章にあるように、抗アレルギー剤として使っていたステロイド剤の影響もあり、私の精神はもはや、パンパンでした。

 

 

 

 

自暴自棄な気持ちに陥っているあなたがすべき、5つのこと。死ぬな!対処法はある!
http://nayamimuyou.net/jinsei/jiboujiki.html

 

 

 

 

 

 

 

高校三年生になる前あたりから、私はつねにイラついており、外界や他者からの恐怖に、怯えてました。

 

 

 

そうして上記ページにあるように、私は卒業後、逃げるようにアメリカへ渡り、そこで自殺未遂騒動を起こします。

 

 

 

帰国後、いまにも狂いそうな気持を抱きながら、私はフリーター生活へと入ります。

 

 

 

そしてそれは、忘れもしない私が21歳のときの5月22日、私は母が買ってきてくれた健康食品を口にして、人生が激変します。

 

 

 

その食品は、いまでもふつうに手に入るもので、濃縮果実とローズヒップ、プロテインなどをブレンドして飲むものです。

 

 

 

これを最初に一口飲んだとき、私は思わず、ものすごい拒絶感を感じ、吐きだしました。

 

 

 

ですが10分後、2度目にそれを飲み干したとき、私は自分のアタマのてっぺんに穴が空いたような、壮絶な虚無感と孤独感と恐怖、そして自殺願望に襲われました。

 

 

 

その感覚は、まるで何十年も自室に引きこもっていた人間が、いきなり太陽の射す屋外へと連れていかれた感じ、といったものでした。

 

 

 

このとき私は直感的に、自分がこれまで他者や外界にココロを閉ざしていたことを、悟ったのです。

 

 

 

そのときには、悲しみや恐怖、怒りといった感情が、怒涛のように私の脳内で暴れまわりました。

 

 

 

この現象は、もちろんまだ精神医学会では、正式に認められたものでは、ないでしょう。

 

 

 

しかしこれは、どう考えても栄養により、私の脳が急激に病的状態から正常化された、としか思えないのです。

 

 

 

それから約5か月、私は寝込みながら、その食品を摂り続けました。

 

 

 

そしてそのたびごとに、自分の感性が津波のように、私の脳内で渦巻くのを感じていました。

 

 

 

さらに私の皮膚からは、その間ずっと、白い液体がにじみ出ていました。

 

 

 

これは、それまで3年間服用していた、ステロイド剤が私の体内に残ったものだったのかも、しれません。

 

 

 

その間に、父などはもちろん、そんな食品を摂ることを、すぐにでも止めろと言ってきました。

 

 

 

ところが、私はこれを続けることにしたのです。

 

 

 

理由は、その食品はビタミンや、亜鉛や鉄をはじめとするミネラルが豊富にふくまれたものでした。

 

 

 

しかし決して特殊な怪しい成分でできているわけでは、なかったからです。

 

 

 

そんな食品に、カラダがものすごい過剰反応を示すということは、問題はその食品ではなく、私の精神、肉体にあると思ったからです。

 

 

 

さらに私は、食品に対してはほとんど、アレルギーはありませんでした。

 

 

 

そこから私の発熱や感情の垂れ流し状態は、食品が私の肉体に治癒をもたらしてくれている証拠だと、思ったからです。

 

 

 

そうして約5か月間、私は精神の情動失禁のような症状に、絶えまなく襲われながら、ようやく起き上がれるようになりました。

 

 

 

それはあたかも、20年間凍りついていた私の感情がよみがえり、20年分の思いを、一気に味あわされているような気分でした。

 

 

 

そうして、いやもおうもなく、私は「リアル」の感情を、これでもかというほど、経験させられたのです。

 

 

 

そのときの私は、本当に些細なことで泣けてきて、また自分をそんな状況に追い込んだ私を取りまく環境に対し、憤怒の気持ちでいっぱいでした。

 

 

 

現在では、亜鉛や鉄は精神病と深い関連があると知ったので、ますます私の当時の選択は正しかったと、確信を深めています。

 

 

 

 

亜鉛欠乏と精神・行動への影響
http://umibeno-mori.com/sickness/13008.html

 

 

 

 

私からあなたに言えることは、とかく「リアル」を感じられるようになりたいなら、なるべく自然なカタチで、ミネラルを充分に摂取すべき、ということです。

 

 

 

「精神病 ミネラル」で検索をかけたら、参考になる記事が、多く出てきます。

 

 

 

また、「リアル」は感じれば感じるほど、虚言癖からは遠ざかれます。

 

 

 

どうか、あなたなりに工夫をして、「栄養から、虚言癖を治す」ということを、してもらいたいと思います。

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第六章 裸足でのランニングで、リアルな刺激を、直接、脳へ!

 

 

 

 

 

ようやく布団から出られるようになった私は、下記ページの第五章にある、「自分再創造計画」へと取り組みます。

 

 

 

人間不信とは、自分不信。いつもの寂しい気持ちにサヨナラする4箇条の対処法
http://nayamimuyou.net/cocolo/ningenfushin.html

 

5 第五章 自分で決めたことをちゃんと実践し、「自分に信じられる自分」を創出する

 

 

 

まず私は、栄養が精神病に対し、決定的な効果があることを知ったので、以後、栄養について深く学び、実践を始めることになります

 

 

 

また当時から、数年前に少しだけ習っていた空手を再開したので、その練習にも励むようになりました。

 

 

 

その鍛錬のなかで、もっともユニークだったのが、「裸足でのランニング」です。

 

 

 

これは、私が通っていた空手道場の総師範から教わったものです。

 

 

 

まず、足の裏とは、ツボの密集地帯です。

 

 

 

ならば裸足でランニングをすれば、脳に伝わる「リアル」は相当なもので、虚言癖など軽く吹き飛ばすものだと、私は考えました。

 

 

 

現に現在では、幼児教育のなかで、子どもを裸足で過ごさせる効果というものも、学会等で認められています。

 

 

 

また、それを実践している保育園も数多くあります。

 

 

 

私はそうして、空手道場に通うのを再開させるとともに、「裸足でのランニング」を、すぐに自分の練習に取り入れました。

 

 

 

はじめに安全性ですが、これは路上のガラス片などにさえ気をつけていれば、まず問題ありません。

 

 

 

もちろん最初は、小石などを踏んで痛い思いもしますが、慣れてくれば、それさえも気持ちよくなってきます。

 

 

 

とかくこれを始めて、一月、二月と経つたびに私は、脳にダイレクトに伝わるリアルな刺激に、自分の感性が目覚めていくのを、感じました。

 

 

 

そうして1年も経ったとき、私はだいぶ「リアル」を直接的に感じられるようになってきて、虚言癖もほとんどなくなっていきました。

 

 

 

 

 

第七章 温熱療法で、ココロとカラダを温める

 

 

 

さて、月日は流れ、約10年後。

 

 

 

私は32歳になっていました。

 

 

 

とかく病的症状はまだまだ残っていましたが、当時はどうにか、学問修行とバイト生活を、両立できるくらいには、回復していました。

 

 

 

そのときにはある事情から、私は3人目の先生に診てもらうことになりました。

 

 

 

この先生のもとへは、いまでも定期的に通っており、私の大恩人でもあり、私がもっとも信用している人でもあります。

 

 

 

その先生に私は、精神病やアトピーに対する「温熱療法」を、教わりました。

 

 

 

これは具体的には、「温性食品」と呼ばれる食べ物を積極的に採り、ぬるいお湯に、長時間浸かるというものです。

 

 

 

さらには着るもの、日常生活にまで気をつけて、高い体温を維持するよう、気を配るというものです。

 

 

 

まず温性食品とは、カラダを温めてくれる、端的には体温を高めてくれる食品で、具体的には、下記のようなものを指します。

 

 

 

 

http://www.ikkando.com/yojyo/syokuno_inyo.htm

 

 

 

 

先生によると、ココロとカラダの「冷え」は連係しており、ココロが冷えるとカラダも冷えるし、逆もそうなのだそうです。

 

 

 

そして、現代人がかかる精神、肉体の病気にはほとんど、「冷え」が関係しているとのことです。

 

 

 

それを聞いてから私は、つねに体温を高めにキープできるよう、気をつけています。

 

 

 

具体的には、いつも体温が36.5~36.8度くらいになるよう、心がけています。

 

 

 

そもそもが「虚言癖」も、私の体験から確信をもって言えますが、ココロが冷えるからこそ、出てくるものです。

 

 

 

ならばあなたは、とかくカラダを温めることで、ココロを溶かすことを考えれば、いいと思います。

 

 

 

その具体的な方法は、ぬるいお湯に、長時間浸かることです。

 

 

 

私は36度のお湯に2時間入るということを、週に2回くらいはしています。

 

 

 

しかしあなたがそこまで時間が取れないなら、先生によると、39度以下のお湯で、30分以上でも、充分に効果は期待できるそうです。

 

 

 

またもちろん、もしあなたが仕事をしているのであれば、2時間風呂を毎日実践するということは、むずかしいでしょう。

 

 

 

ですが、週に1度、休日の日にのみ行うというのであれば、充分に可能だと思います。

 

 

 

またちなみにですが、私は1日6~7時間、月に7~8回の銭湯、スーパー銭湯通いを、約7年続けました。

 

 

 

もちろんそこでは、いろんなことを経験できました。

 

 

 

というのは、最近のスーパー銭湯には、じつに多くの種類のお風呂があるからです。

 

 

 

たとえば、人間の体温とおなじくらいの温度のぬるま湯に、長時間浸かること。

 

 

 

炭酸風呂で、血行を良くすること。

 

 

 

サウナと冷水浴のくり返しで、熱をカラダに閉じ込めること等、カラダを温める工夫が、いくらでもできます。

 

 

 

そのため現在の私は、虚言癖はとっくに遠いものになったばかりか、さまざまな精神症状も改善されました。

 

 

 

具体的には、「自分がこの世界にいる」というのは、当たり前のことなので、あえて意識しなくても、それを「リアルに」感じられます。

 

 

 

とかく、「リアル」を意識しなくても、「リアル」を当たり前に感じられるようになること。

 

 

 

これができるようになれば、あなたの虚言癖も、きっと改善されていると思います。

 

 

 

スーパー銭湯に行くのも、働いていれば、毎週というのは、時間的にきびしいでしょう。

 

 

 

ですが、月に1度だけ、半日かけていろんな種類のお風呂を漫喫するというのは、充分に可能だと思います。

 

 

 

ぜひ、試してみてください。

 

 

 

またもう一点、温熱療法がすぐれているのは、それが必ず、緊張を遠ざけてくれることです。

 

 

 

まず「緊張」とは、心身の収縮作用です。

 

 

 

それに対し温熱療法は、縮こまったものをほぐす働きがあります。

 

 

 

ならば温熱療法は、緊張を緩和させ、収縮した血管を拡張するため、血行を良くし、あなたの心身をラクにさせることでしょう。

 

 

 

 

また温熱療法とは、食事や入浴だけとはかぎりません。

 

 

 

ご自分が着るものなどにも、注意しましょう。

 

 

 

ちなみに私は、朝は夏でも熱々のどくだみ茶かごぼう茶で始め、ズボンの下にはスパッツ2枚にレッグウォーマー、靴下は最低2枚以上はいて、シャツは1年中長そでです。

 

 

 

そして夏以外の季節では、必ずお腹に「貼るカイロ」を、2枚つけています。

 

 

 

ところで東洋的な温熱療法では、カラダの部位でも、温めた方がいいところと、冷やした方がいいところがあります。

 

 

 

その点をネット等で調べ注意をし、あなたにはつねに体温を上げる工夫をしていただきたいと、思います。

 

 

 

 

 

第八章 「自分の本心日記」を、つける

 

 

 

 

 

さらに私があなたにオススメしたいのが、「自分の本心日記」を書くことです。

 

 

 

それは、なにか特定のテーマを決めて、毎日か、あるいは何日かに一度、「自分の本音を」、日記に書いてみることです。

 

 

 

そのテーマは、国際情勢でもいいし、ご自分の身近にあった出来事で、自身が感じたことなどでも、いいです。

 

 

 

ですが、私の経験から述べれば、雑記帳のようにするよりは、テーマを決めて書いたほうが、長続きします。

 

 

 

そこでぜひ、「自分の本音」を、書きだしてみましょう。

 

 

 

最初のころはおそらく、「自分のココロ」というのがどこにあるかわからず、苦労すると思います。

 

 

 

ですが気楽な気持ちで、「考える」より「感じた」ことから書いていくと、少しすつ自分のココロが見えてきます。

 

 

 

そうして、自分の気持ち」というものがわかるようになれば、あなたはあえて、「ウソをつく」必要もなくなってきます。

 

 

 

つまり、「虚言癖」も治まっていくと思います。

 

 

 

またその記録は、もちろん自分のところで保存するのもいいですし、ネット等で匿名公表するのでも、参考になります。

 

 

 

というのもそれにより、あなたの意見に対する人々の反応を知ることが、できるからです。

 

 

だしご存じのように、ネットの世界というのは、自由である分、無法で非情です。

 

 

 

もしあなたに、「人からの意見」を受け入れる精神力が充分、そなわっていないと思えば、ネット公開は控えたほうが、無難でしょう。

 

 

 

とかくそれを書くコツは、できるだけかしこまらないこと。

 

 

 

最初は落書きのようなつもりで、筆を走らせてみることです。

 

 

 

そうしてあなたは、「自分の本音」を捉える練習を、してみてください。

 

 

 

 

 

第九章 自分から人に働きかけてみる。自然にふれる

 

 

 

 

 

とか虚言癖とは、根本的には一種の「自分を護る、ココロの働き」です

 

 

 

ですので、じつは世間にも他人にも、あなたを敵とみなす人は、あなたが思うほどいないと、ココロから納得することが、重要です。

 

 

 

それを乗り越えられれば、きっとあなたは虚言癖を克服できます。

 

 

 

ちょっと長いですが、時間があれば、私の下記記事を読んでみてください。

 

 

 

きっと、参考になります。

 

 

 

人間不信とは、自分不信。いつもの寂しい気持ちにサヨナラする4箇条の対処法
http://nayamimuyou.net/cocolo/ningenfushin.html

 

 

 

また余裕ができたらあなたからも、積極的に他人に「話しかけてみる、親切にしてみる」ということに、挑戦するのもいいでしょう。

 

 

 

そうして他人からいい反応を得て、人に愛され、人を愛し、人を受け入れられるようになれば、もはやあなたは、人にウソをつく理由がなくなります。

 

 

 

なぜならそのときには、あなたはご自分のすべてを、人にさらせているはずだからです。

 

 

 

そうした自己改善を始めるにあたっては、もちろん、若ければ若いほど、有利です。

 

 

 

逆にその虚言癖を、大の大人になるまで持ち越してしまえば、あなたはおそらく、「ウソつきおじさん」として、まわりからは相手にされなくなるでしょう。

 

 

 

そしてもう一点、虚言癖に有効な方法が、私は自分の経験から、見つけました。

 

 

 

それは、「自然にふれる」ということです。

 

 

 

私の家は多摩地区にあるため、近くには簡単なハイキングコースがあります。

 

 

 

私はモノを書いていて疲れたときには、ブラリとそこへ出かけるときがあります。

 

 

 

そうすると、自然との一体感を満喫できるため、自分の気持ちがわかり、自分に対して素直になれます。

 

 

 

ぜひあなたも、試してみてください。

 

くわえて「自然」とは、植物ばかりとは、かぎりません。

 

 

 

可能ならば、犬や猫などと触れ合う機会を持つことを、オススメします。

 

 

 

当然ですが、まず犬や猫等の動物には、そもそも「ウソをつく」という能力自体がありません。

 

 

 

さらにこれも当たり前ですが、犬や猫相手に、ウソをつく人も、いないでしょう。

 

 

 

ならば、犬や猫と接するということは、それだけで「ウソのないつき合い」のトレーニングになるということです。

 

 

 

私の場合ですが、私が35歳くらいのころ、近所で外飼いされていた、ゴールデン・レトリバーと仲良くなったことが、あります。

 

 

 

出会いは、私がたまたまその家の前を通ったとき、そのゴールデンを見つけ、相手をしたら、むこうも私になついてくれたというものです。

 

 

 

それ以来、私は毎日のようにそのゴールデンに会いにいきました。

 

 

 

飼い主の老夫婦は、最初こそ私を警戒していましたが、私がまったく下心がないことがわかると、いつも私を歓迎してくれるようになりました。

 

 

 

30男が、他人さまに飼われている犬に毎日会いに行くというのは、ちょっと異様な光景です。

 

 

 

私はその点で、近所で話題になったようです。

 

 

 

しかし私の本心は、ただそのゴールデンに会いたいというものだったため、ご近所さんたちも、私を温かい目で見てくれるようになりました。

 

 

 

そうして私とゴールデンとのふれ合いは、そのゴールデンの飼い主一家が引っ越すまで、5年ほどにおよびました。

 

 

 

別れは寂しかったですが、そのゴールデンが病んだ私のココロにあたえてくれたものは、計り知れません。

 

 

 

現在における私の人格の一部は、そのゴールデンとの交際によってつくられたものだといっても、過言でありません。

 

 

 

動物とはそれほどまでに、愛をあたえれば、その何倍もの愛を返してくれる存在なのです。

 

 

 

もしあなたが現在、動物を飼える環境にはいなくても、動物と接する方法は、いろいろあります。

 

 

 

たとえば、犬カフェや猫カフェなどは、いまではそこらじゅうにあります。

 

 

 

そうしたところに出かけ、特定の犬や猫と信頼関係を構築するよう、試してみたらいかがでしょう?

 

 

 

そのとききっとあなたには、「ウソを介さない関係性」というものがどういうものか、感情で理解できるようになるでしょう。

 

 

 

 

そうして虚言癖を克服し、死ぬときには「自分に素直な生き方ができて、幸せだった」と、満足してほしいと思います。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

現代日本は、歴史上類を見ないほど、急激に社会の規範が変わった時代です。

 

 

 

そのため、大人たちは子どもに教える規範を持たず、子どもは仕方なく、「自分の指針は、自分でつくる」などということが、まかり通っています。

 

 

 

またわが国は現在、子どもが「リアル」に触れる機会が、極端に減っています。

 

 

 

それならば子どもは、自閉して、自分の観念に閉じこもり、そちらの方に現実社会以上のリアリティーを感じるようになっても、無理はありません。

 

 

 

それこそが、わが国で虚言癖を持つ者が急増している根因でも、あります。

 

 

 

これを治すには、とかく「リアル」に触れること、温熱療法、食事療法、自分と向き合う、自然に触れる、自分から他人に働きかける、などがあります。

 

 

 

そうしたことをくり返し、もしあなたが自分の内面を素直に他人にさらせるようになったなら、「虚言癖」は、自然と治まるでしょう。

 

 

 

どうか虚言癖を克服し、あなたの生きる世界を、広いものにしてください。

 

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

 

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