人間不信とは、自分不信。いつもの寂しい気持ちにサヨナラする4箇条の対処法

はじめに

 

 

 

 

 

はじめに、人間とは社会的存在です。

 

 

 

個人は他人とうまくやっていけないと、健全に生きることができません。

 

 

 

それなのに、どうしても他人が信じられないというあなたは、本当に気の毒な人です。

 

 

 

しかし私も育ちの問題から、長いことそうであり、あるときからそれを自覚し、ついには他人を愛することもできるようになりました。

 

 

 

こうした私の経験が、いままさに「人間不信」で苦しんでいるあなたに、少しでも役立つのではと思い、このページを書いています。

 

 

 

どうぞこれを参考に、あなたなりの他人との関わり方を模索し、見つけてほしいと思います。

 

 

 

その結果、どういう生き方を選択しようが、それはあなたにとって後悔のないものになることを、祈っています。

 

 

 

 

 

第一章 人間不信は、完全な生まれつきであることは、ありえない

 

 

 

 

 

まず最初の問題として、人間不信とは生まれつきなることも、あるのでしょうか?

 

 

 

最近では遺伝子の研究も進み、個々人が「○○という性格になりやすい遺伝子」といいうものが、多く発見されています。

 

 

 

ならば、たったいま人間不信に陥っているあなたのような人は、そうした遺伝子を持っていて、なるようにして人間不信になったのでしょうか?

 

 

 

これは、まず違うと申し上げておきます。

 

 

 

たしかに、「人間不信になりやすい気質」というものは、存在するでしょう。

 

 

 

しかし、前述したように人間とは、社会的存在です。

 

 

 

ですから、もし生まれたときから完全に人が信じらなければ、その人は社会の決まり事を一切、覚えられないので、生存に不利でしかありません。

 

 

 

そんな個人を、自然がわざわざ生み出すとは、とてもじゃないが、私には思えないのです。

 

 

 

ですから、人が生まれ持っているのは、あくまで「警戒心が強く、人間不信になりやすい遺伝子」だけでしょう。

 

 

 

私は下記ページで、「優柔不断」という性格は、育ちの過程で形成されると述べました。

 

 

 

 

優柔不断は、育ちの問題。自分で決断力、判断力を身につけ、克服しよう!
http://nayamimuyou.net/cocolo/yuujuufudan.html

 

 

ですので私は「人間不信」も、比較的、警戒心の強い気質を持った人が、主に両親との関係で発生するものだと考えます。

 

 

 

そこからたとえば、大人になってからの他者からの失恋や裏切りに遭って人間不信
なったという人も、じつはそれは「きっかけ」にすぎないと思います。

 

 

 

つまり幼少期の段階で、「警戒心が強すぎ、傷つきやすい性格」というものは、すでに形成されていたと考えます。

 

 

 

そしてあることが引き金で、本格的に「人間不信」にスイッチが入ったのだと思います。

 

 

当人にとっては、幼少期の記憶より、直近に感じたトラウマのほうが、生々しい悪夢として残っています。

 

 

 

ですからその人は、そうした失恋や裏切りにより、自分は人間不信になったと、錯覚しているのでしょう。

 

 

 

確かに、突発的なトラウマにより、それまで明るかった人が、急に人間不信になることは、ありえます。

 

 

 

しかしそれは、ものすごいイジメを受けたとか、女性なら不意に暴行されたとか、そのトラウマがあまりに強烈なものだった場合のみです。

 

 

 

愛情いっぱいに育てられ、まともな判断力を持った人物が、突如として人間不信になるというのは、ほとんど考えられません。

 

 

 

その点を、次の章で見ていきます。

 

 

 

 

 

第二章 父の愛を求め、最後まで叶えられなかった私の少年時代

 

 

 

 

まず人間不信に陥ると、具体的にはどのような気持ちになるか、あなたにはよくおわかりでしょう。

 

 

 

他者からの善意や好意といった、正の感情のすべてが「ウソっぽいもの」、「キレイごと」と思えてしまうようになります。

 

 

 

これは、20歳くらいまでの私の姿でも、あります。

 

 

 

私がどのような幼少期、少年期を過ごしたかは、下記ページの第一章から第七章までを、時間があればお読みください。

 

 

自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます
http://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html

 

 

 

上にあるように、私は大阪の商家で生まれ、東京に家族で引っ越し、そこで孤独な少年時代を過ごし、精神を病みました。

 

 

 

東京に来てからは、父は私の存在自体を無視しました。

 

 

 

それというのも、父自身が幼少期に父(私の祖父)を亡くしていたので、父としての子どもへ接し方が、わからなかったのです。

 

 

 

というより彼は、「父親というものは、子どもに愛情と厳しさをもって、社会の規範を教え込まねばならない存在」ということさえ、知らない人でした。

 

 

 

上記ページにもあるように、父は「犬も猫も、放っておいても勝手に大きくなる。人間だって、おなじだ」と、本気で信じている人でも、ありました。

 

 

 

そんな父ですが、私がなにかを質問すれば、答えてくれました。

 

 

 

ですが父には、「自分が積極的に、子どもを愛する」ということがどういうことか、最後までわからなかったのです。

 

 

 

そんな私は、いつも父の愛を待っていました。

 

 

 

当時は言語化はできませんでしたが、子どもとは無力で無知である以上、大人に愛される資格と権利があると、直観的に知っていたからです。

 

 

 

ですが、いつまで経っても父は私によそよそしく、私は10年以上待ったが、ついに父から愛を注がれることは、ありませんでした。

 

 

 

再度申しますが、父は私を嫌っていたとかいうわけでは、ありませn。

 

 

 

ただ自分が教わっていないので、「子どもの愛し方」ということ自体、わからなかったのです。

 

 

 

いや、「子どもとは、愛すべき存在であり、愛がなければ育たない」ということさえ、父は知りませんでした。

 

 

 

そのため少年時代の私のココロは、いつも愛に飢えていました。

 

 

 

当時の私はそれが原因とは気づきませんでしたが、お店で万引きしたり、数日間、家出をしたこともあります。

 

 

 

ですが、いまではハッキリと理解できます。

 

 

 

それは、当時の私は深層心理で、父に正しく叱ってほしかったのです。

 

 

 

人間が社会で生きていくための規範は、核家族においては原則として父に、必ず「」をもって授けられなければなりません。

 

 

 

しかし少年期の私は、ついにそれが叶えられることなく、ココロが空洞のまま、20歳をむかえました。

 

 

 

そしてそのとき、持病のために服用していた薬の副作用と、そのココロの空洞が原因となり、アメリカで自殺を図ります。

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第三章 「正しく人を信じられる人」は、他人に裏切られても、深くは傷つかない

 

 

 

 

前述したように、子どもとは生まれた以上、愛を受ける絶対的な資格と権利があります。

 

 

なぜなら子どもは、自分で望んで、その家に生まれたわけでは、ないからです。

 

 

 

また子どもにとって「親に愛されない」ということは、「お前はこの世で、生きる資格はない」と、死刑宣告されたも同然です。

 

 

 

ところが現代日本では、父親は子どもや家庭に無関心、逆に母親は子どもにベッタリの、いわゆる「機能不全家族」が、8割を占めるといわれています。

 

 

 

もしあなたに時間があれば、下記ページの第一章を読んでみてください。

 

 

優柔不断は、育ちの問題。自分で決断力、判断力を身につけ、克服しよう!
http://nayamimuyou.net/cocolo/yuujuufudan.html

1 第一章 優柔不断に育てられてしまったが、それで生きていけない人が多い、現代という時代

 

 

 

そうした事情から私は、20歳を過ぎた時点で、完全な人間不信となりました。

 

 

 

当時の私は、人間の感情がすべてウソっぽく思え、それらを陳腐なドラマや映画のように感じていました。

 

 

 

また、自殺を図る前の私の言動には、明確に「人間不信」の様子が現れていました。

 

 

 

アメリカに留学したとき、私はある会社に手続き等はまかせ、そこで同年代の男女、30人ほどと一緒になりました。

 

 

 

そのグループ内で、だれかに優しくされても、「なにか、ウラがあるんじゃないか」と訝しみ、遊びに誘われても、「なぜ、自分などと」と思っていました。

 

 

 

さらにそのグループでは、最初の研修はみなおなじ大学で過ごしたのですが、留学先の学校は、みな違っていました。

 

 

 

ですので、研修期間が過ぎれば、別れの日がやって来ました。

 

 

 

そこで別離の際、私は、私のために泣いてくれる人たちには惜しみを感じなかったし、またみなが泣くなか、私だけ泣きませんでした。

 

 

 

私には、「悲しい」という気持ちさえ、ありませんでした。

 

 

 

私はそうした感情は、表面的に知識としては理解できても、実感として感得することが、できなかったのです。

 

 

 

その経験から、私は確信できます。

 

 

 

もしあなたが現在、人間不信にあったとして、あなたは以下のように考えているとします。

 

 

 

それは最近の友人からの裏切り、恋人からの失恋、会社からの解雇、同僚からのいやがらせ、詐欺師に騙されたことにより、そうなったのだと。

 

 

 

ところがあなたはじつは、少年期にはすでに人間不信で、むしろ最近の出来事は、あなたを決定的にそうさせるスイッチでしか、なかったのです。

 

 

 

つまりあなたは、少年期にはすでに「人間不信の芽」を、ココロに抱いていたことになります。

 

 

 

なぜなら、少年期に充分に家族に愛された人なら、上に挙げたような出来事に遭っても、深くは動じません。

 

 

 

「こんなことも、あるんだな」と思い、数日後には立ち直っています。

 

 

 

「正しく人を信じる」ことができる人は、「この世には、信じられない人もいる」ことを知っています。

 

 

 

ですから人に裏切られても、ココロに深手を負うことは、ありません。

 

 

 

 

 

第四章 「人間不信」は、「自分不信」。他人を信じられなければ、自分自身も信じられなくなる

 

 

 

ではこの章では、私の経験にもとづき、あなたに人間不信の傾向があるかどうかを、確認することにします。

 

 

 

下記6つの質問に対し、ご自身のケースに当てはめてみてください。

 

 

 

思い当たるふしがあれば、要注意です。

 

 

 

1.喜怒哀楽という感情を、概念で把握するのではなく、気持ちで感じられているか。

 

2.愛情や友情や親子愛等は、すべてわざとらしいメロドラマのように、思うことはないか。

 

3.他人になにか、自分にとって大切なことを任せられるか。 あるいは他人に、無償の善意をあたえられるか。

 

たとえば、駅で財布を落として困っている人に、電車賃を貸してあげる。

 

あるいは交差点で、動きづらそうにしている足の不自由な人に、声をかけてちゃんと誘導してあげられるか、等々。

 

 

4.「その他大勢」の人たちと、用もなくても一緒にいることが、できるか。
また彼らと、なにかを楽しむということは、できるか?

 

 

5.孤独が好きか? というより、一人にならなければ落ち着かない、ということは、ないか?

 

 

 

6.「素のままの自分」を、他人に見せられるか。自分の内心を探られるのを、極端に嫌うということは、ないか。

 

 

 

 

以上です。

 

 

 

ちなみにですが、若いころの私は、これらすべてに当てはまりました。

 

 

 

そうした現状に対し、若いころの私は、自分がおかしいと、うすうす気づいていました。

 

 

 

また、そのままだと自分は社会的に破綻するということも、なんとなく予想はつきました。

 

 

 

そこから、当時の私が導き出した結論が、以下です。

 

 

人間不信」とは、要は「自分不信」

他人を信じられないから、自分自身も信じられなくなる。

 

 

 

これをよりくわしく述べれば、「他人を信じられない自分自身」を、信じることができない。

 

 

 

もしくは、「自分自身をも信じられないのだから、他人などなおさら、信じられるはずもない」ということになります。

 

 

 

そのため、自信を喪失してしまい、なにもできなくなる。

 

 

 

未来の自分は、きっとそうなると、私は考えていました。

 

 

 

 

 

第五章 自分で決めたことをちゃんと実践し、「自分に信じられる自分」を創出する

 

 

若いときの私は、深く考えました。

 

 

 

そしてその結果、出した結論は、「『自分で信じられる自分』を、自分で創っていけばいい」ということでした。

 

 

 

この点については、下記ページにも記載しましたので、よろしければ参考にしてください。

 

 

 

自信をつける最善の方法は、成功体験の蓄積とトラウマの除去
http://nayamimuyou.net/jinsei/自信をつける最善の方法は、成功体験の蓄積とト.html

 

 

 

そうして、自分を信じられるチカラ」を、他者に対しても向けられるようになればいい。

 

 

 

私は、そのように考えました。

 

 

 

そこからいよいよ、その計画を実践することになります。

 

 

 

まず私は21歳のころ、近所のある小さな町工場でバイトしていました。

 

 

 

そこでは昼休みのとき、同僚たちと一緒にいられず、いつも一人で外に出ていました。

 

 

 

私はまず、これを改め、人と一緒にぼんやりとテレビを観るという訓練から、入りました。

 

 

 

これは、最初はイライラして厳しかったですが、だんだんと慣れてきました。

 

 

 

またこれと同時に、「自分自身の再構築」も始めました。

 

 

 

まず私は、自分が将来、何になるにせよ、必要となるものは何か? と自問しましたのです。

 

 

 

当時の私には、自分の未来など、まったくわからない、というより、30歳、40歳になる自分が怖くて、それを想像することもできませんでした。

 

 

 

ですがともかくも、現在の自分が、やるべきこと」を、どんどんと絞っていきました。

 

 

 

その結果、自分なりに出した答えは、「文学と歴史の独習」だったのです。

 

 

 

その理由は、個人としての自分は、どう生きるか考えるため、まずはそれを文学作品の主人公たちに求めた。

 

 

 

そして、人間とは、なにか」、「人間社会とは、どのように形成され、いまのカタチとなったのか」を知るため、歴史を学んだという次第です。

 

 

 

当時の私はとかく、「自分が何をしたいか」以上に、「いまの自分は、何をすべきか」と考え、まず読む本の内容と順番を決めました。

 

 

 

その際には、当時の自分に理解できるものを選び、全力で読んだ際の期間を、読了までの6割くらいになるよう、リミットを設けました。

 

 

 

たとえば、1か月で読める作品なら、リミットは50日くらいとなります。

 

 

 

そうして毎日、2時間くらいは確実に読むよう、自分自身に義務づけたのです。

 

 

 

またこのときは同時に、空手も習っていました。

 

 

 

その際も、家での基本練習を「6割のペースで消化」できるよう、自分自身に約束したのです。

 

 

 

私はこの文武の研鑽を、どちらも2年間ほど継続したため、少なくとも「自分を信じる」ことは、できるようになりました。

 

 

 

これにより私は、「自分は、イザというとき、自分自身を裏切らない」という自信が持てるようになったのです。

 

 

 

その根拠は、「いまの自分には、なにかを実践する実力があるし、なにかあっても、逃げないだけの胆力がある」と、自分で確信できたことです。

 

 

 

そうして私は、23歳のとき、さらなる自分の課題を消化するため、2度目のアメリカ留学に向かいました。

 

 

 

 

 

第六章 アメリカで、とかく他者との会話を重ね、人間不信を克服した私

 

 

 

 

 

別のページで述べたように、まだこのときには私は、精神の病気からは、完全に開放されていませんでした。

 

 

 

だが、とかくアメリカのシアトルへと出発しました。

 

 

 

私は当地のコミュニティーカレッジに籍を置き、基本的に一日中、カフェで原書の書物を読みまくるという生活をしていました。

 

 

 

それ以外では、世界中から集まったクラスメートや他のアメリカ人たちと、議論ばかりしていました。

 

 

当時の私はまだコミュニケーションに自信はなく、アタマばかりが回転し、聴力に問題があるわけでなないのに、人の言うことが、よくわからない状態でした。

 

 

 

そのため、当時の私のコミュニケーションとは、私ばかりがしゃべりっぱなしでしたが、それでも大丈夫でした。

 

 

 

というのは、そのときの私にとってのテーマは、「人とのコミュニケーションを成立させる」ということだったからです。

 

 

 

そんなとき、日本人の女の子のクラスメートから、「あなた、人の話、聴いてないでしょ?」と言われ、それまで自分がコミュ障だった理由も、見えてきました。

 

 

 

また、だんだんと私の精神病とコミュ障との関係も、わかってきました。

 

 

 

とかく私は、それ以来は、人の話すことに、深く注意を払うようにしたのです。

 

 

 

さて、なぜ当時の私がそうだったかと申せば、現在になってわかった原因は、以下になります。

 

 

 

私の自閉症にちかい病気の性質上、人の言うことが私の脳の深部にまで届かず、表面で理性的にのみ、受け取ってしまうから。

 

 

 

また、これも病気の症状の現れなのですが、アタマが異常な速さで回転するため、人との会話の先の先が読めてしまうのです。

 

 

 

そのため、すぐに自分の言いたいことを、言ってしまうという性質が、当時の私にはあったのです。

 

 

 

この、「自分の言いたいことを言おうとする衝動」は、それ以後、私はすさまじい精神力で封印することとなります。

 

 

 

またそれは、後に温熱療法、食事療法などで脳の緊張がある程度、抜けるようになるまで続きました。

 

 

 

とかく当時の私に重要だったことは、多くの人間と言葉を交わすことで、以下のことを自分の潜在意識に叩き込むことだったのです。

 

 

 

自分に対して、悪意のある人間」、「自分を無視しようとする人間」は、基本的にいないのだということです。

 

 

 

そうこうしているうちに、私がアメリカでやるべきと思っていたことを、ほぼやり切ったので、渡米から9か月後くらいに、私は日本に帰りました。

 

 

 

 

第七章 とかく対人能力を磨いた、私のフリーター時代

 

 

 

私が日本に帰国した時点では、まだ私の精神病は、根治からは遠かったです。

 

 

 

しかしそれでも、私がアメリカで身につけたコミュニケーション能力は、その後において私の会話術での基本となりました。

 

 

 

その後、訳あって日本の大学にも行きましたが、そこでも私は多くを学び、他者とのコミュニケーションを真剣勝負のように行いました。

 

 

 

その3年後、私は大学の学費が払えなくなったため、学校を除籍になります。

 

 

 

ですが私は、フリーターをしながらも哲学の勉強を続け、対人術の研究も進めることになります。

 

 

 

その間に、栄養療法や温熱療法、リラクゼーションなどが効いてきて、心身ともに私のなかから緊張が解けてきました。

 

 

 

そのため、他者とのコミュニケーションも、よりスムーズになっていきました。

 

 

 

当時の私が心がけたことは、人とは「一期一会」の気持ちで、つねに接するということです。

 

 

 

私は、とかく会う人から、たとえ反面教師的意味合いであっても、なにかを得よう自分語りは、二の次、三の次にしよう、と決めていました。

 

 

 

ところで当時は小泉首相政権下で、派遣事業が大幅緩和されていました。

 

 

 

ですので私は、多くの日雇い派遣の仕事を経験したのですが、これが私の病気治癒にも、コミュニケーション能力向上にも、役立ちました。

 

 

 

というのも、日雇い派遣の仕事では、毎日、いろんな人間と出会い、いろんな仕事を経験できるからです。

 

 

 

私は、話が好きそうな人を選んでは、まるでインタビュアーのように、その人のココロを開いて、言いたいことを聴き出しました。

 

 

 

基本的に、人は自分に関心を持ってくれる人に対し、イヤな気分を持ちません。

 

 

 

私はそうやって、人のココロのなかに入っていきました。

 

 

 

その人が、自分の悩み事やプライベートなことまで話してくれれば、こちらの勝ちです。

 

 

 

そうして親しくなると、人によっては、なにかをおごってくれることも、ありました。

 

 

 

くわえて、しばらくそういうことをしていると、その人は話好きかそうでないかも、一目見ただけでわかるようになりました。

 

 

 

またそうやって、他人との対話を重ねると、自分の対人上におけるキャラも、固まってきます。

 

 

 

私の場合は、「弟キャラ」でした。

 

 

 

これは、発達障害気味だった自分の性格を、逆手に取ったものです。

 

 

 

私のように自閉的な脳を幼少期に持ってしまうと、脳が外部の情報を遮断するので、精神の成長が阻害されます。

 

 

 

ですから私は現在でも、どこへ行っても見た目や行動が、実際より20歳ちかく若く見られます。

 

 

 

よって私は、そうした病状が軽くなったときに、そんな自分の性質を、逆手に取ったのです。

 

 

 

そのため私は、いまでも「人に好かれる」ということが、得意です。

 

 

 

なぜなら私は基本的に「弟キャラ」なので、いつも下手に出るから、人から好かれ、可愛がられるからです。

 

 

 

そうしたことから私は現在、仕事でも人間関係で困るということは、まずありません。

 

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第八章 人のために、いいことをしてやると、それはすべて自分に返ってくる

 

 

 

 

 

さて、これまで私の身の上話を、えんえんと読んでくださって、ありがとうございます。m(__)m

 

 

 

ここからいよいよ、現在、人間不信である「あなた」が、何をどうするべきか、述べていきます。(*^^*)

 

 

 

結論から申しますと、若いときの私がそうしたように、あなたは「自分自身を信じられるようにすること」を、目指せばいいのです。

 

 

 

というのはまず、私は当ページタイトルやはじめのほうで、「人間不信は、自分不信」と言ってきました。

 

 

 

それもそのはずで、あなたは「自信満々でいながら、人間不信」という人を、見たことがありますか?

 

 

 

まず、ないでしょう。

 

 

 

またたしかに、マンガ「ゴルゴ13」の主人公ように、自信がありながらも、警戒心が強い人物というのも、存在します。

 

 

 

しかしそうした人たちは、的確に怪しい人、自分に対して悪意を持っている人にのみ、不信感を抱きます。

 

 

 

決してあなたのように、「だれも彼も、信じられない」ということは、ありえません。

 

 

 

さてそれでは、あなたは具体的に、どんなことをすればいいのか?

 

 

 

それは、過去の私と同様に、自力で自分の実力を積み重ねるということを、すればいいのです。

 

 

 

また、その内容ですが、それを自分の「好き、嫌い」で選んでも、もちろんかまいません。

 

 

 

しかしそれより効果的なのは、「現在、および将来の自分にとって、必要なことをやること」です。

 

 

 

これはより具体的には、英語能力、IT知識等の向上、資格取得、体力増強、世界中の国々の歴史や文化を一通り学ぶ、等です。

 

 

 

あなたはその実行のため計画を立て、そんなご自分を、絶対に裏切ってはいけません。

 

 

 

そうして現在、および未来の自分のためになることを蓄積させ、そうやって自信をつけていくのが、いいでしょう。

 

 

 

またあなたは、あえて大勢の他人のなかに入っていき、「自分が、人のなかにいること」を、なんとも思わないようにする訓練も、重要です。

 

 

 

その際ですが、スマホなどで音楽を聴いていてもいいですが、「とかく人の多いところに、自分の身を置く」ことが効果的です。

 

 

 

そうしてできたら、人間に関心を持ってください。

 

 

 

たとえビジネス上の対人関係であっても、その人からなにかを得ようとしていると、それは必ず、あなたの「人間力」を向上させます。

 

 

 

あなたはそうして、「人とうまくやっていく経験」を積み重ねるのが、いいでしょう。

 

 

 

またあなたはそうしていくうちに、「自分のキャラ」も見えてきます。

 

 

 

つまり、「自分を知る」ということが、可能になるのです。

 

 

 

失礼ながらあなたは、ほぼ間違いなく、いわゆる「陰キャ」でしょうが、それは別にかまいません。

 

 

 

むしろそれを隠さず、どんな人にも低姿勢で接すれば大丈夫です。

 

 

 

もちろんその過程で、イヤなこともあるし、失礼な対応、見下した態度を取られることも、あるでしょう。

 

 

 

それでもあなたは、会う人が多くなるほどに、人に媚びたような態度は影を薄め、どんな自分でも、ハッキリと表現できるようになります。

 

 

 

そうしてさらに、あなたに人を見る目が養われてくると、「関わらないほうがいい人」も、直感的にわかるようになってきます。

 

 

 

つまり、人間観察を続けるほどに、あなたには洞察力が身につくということです。

 

 

 

そうした経験を深めることによりはじめて、あなたには「信じられる人と、そうでない人」の区別が、つくようになるでしょう。

 

 

 

その能力を獲得できれば、あなたはもはや、万人に対して警戒心を抱く必要は、なくなります。

 

 

 

なぜならそのとき、あなたには「人を見る目」が養われているのですから。

 

 

 

だからあなたは、若いうちには失恋や裏切り、いやがらせ等を、あなたのココロが壊れない程度に経験することも、重要です。

 

 

 

というのも、それらを経ることで、あなたのココロはより強くなれるでしょうからです。

 

 

 

そしてつねに、出会う人すべてに、いい気分になってもらおう」と思うことも、肝心です。

 

 

 

なぜなら、自分の行為により人が喜んでくれたなら、あなたの凍ったココロにも、「人情」が実感できるようになるからです。

 

 

 

これは、人になにかをしてもらったら、必ずお礼を言う。

 

 

 

また困っている人を見かけたら、その人の迷惑にならない範囲内で、話を聴いてあげるだけでもいいです。

 

 

 

そのように人のために行動していると、それはあなた自身にも返ってきます。

 

 

 

たとえば、仕事上でミスが多くても、許される。

 

 

 

あるいは自分が困ったときは、人があなたを助けてくれる等々です。

 

 

 

つまり、あなたはほんの少し、他人のために気を配ってあげるだけで、いいことだらけになるのです。

 

 

 

そうして、人からの感謝」を多く感じられるほど、あなたの凍ったココロは、ほぐれていくでしょう。

 

 

 

 

 

 

第九章 植物、動物、ヌイグルミと仲良くなり、人間不信を克服する

 

 

 

 

 

ですが、内気なあなたは、いきなり人間相手にそうした態度は、取れないかもしれません。

 

 

 

ならば、あなたが最初に相手にするのは、植物や動物でも結構です。

 

 

 

これは、たとえば百均で買ってきたサボテンでも、愛情をこめて育ててみる、ということから始めてもいいでしょう。

 

 

 

重要なことは、自分の愛情がなんらかのカタチで実ったということを、あなた自身が実感することです。

 

 

 

私の場合ですが、いまから15年ほど前、ご近所で外飼いされている、ゴールデン・レトリバーと仲良くなりました。

 

 

 

近所の人には、少しヘンに思われましたが、そのゴールデンが、私に会う喜びを全身で現わしてくれるため、私は毎日のように、その犬に会いにいきました。

 

 

 

すると、最初は私を警戒していた飼い主の人ともすぐに打ち解け、「いつもうちの子を可愛がってくれて、ありがとう」と、感謝までされるようになったのです。

 

 

 

また当時、まだ不安定だった私のココロも、そのゴールデンに会うたびに、ほぐれていきました。

 

 

 

そうしたわけで、あなたは時間と手間が取れるなら、動物を飼って、愛情いっぱいに育てるのも、いいでしょう。

 

 

 

またそれがムリなら、あなたはヌイグルミを買ってきて、友だちにするのも、いいことです。

 

 

 

ヌイグルミは、なにがあっても絶対に、あなたを裏切りません。

 

 

 

あなたはヌイグルミに、自分のすべての悩みを打ち明け、ご自分がつらいときには、ヌイグルミを力強く抱きしめれば、いいでしょう。

 

 

 

これは、だれにも見られなければ、まったく恥ずかしくないことです。

 

 

 

またそのくり返しにより、あなたのココロも溶けていき、ご自分の気持ちというものも、わかるようになるでしょう。

 

 

 

さらに、なにかを(人を)信じるというのは、どういうことかも、見えてきます。

 

 

 

 

 

第十章 あなたが人間不信から解放される、4箇条

 

 

 

 

 

さて最後に、あなたが人間不信を克服するにはどうすればいいか、四箇条にまとめてみました。

 

 

 

なにかあれば、こちらを見てください。

 

 

 

1.「自分で信じられる自分」を創る。

 

 

2.人のなかに、自分から積極的に入っていく。

 

 

3.一期一会の想いで、自分が出会った人、すべてに、なにかを学ぼうとし、いい気持になってもらおうとする。

 

 

4.人間以外のものを愛し、自分自身をココロの底からさらけ出す。

 

 

 

 

これらの経験を重ねたのち、あなたはあらためて人に対する懐疑能力や洞察力を身につけていけば、いいでしょう。

 

 

 

すると、ずべての人間に向かっていたあなたの猜疑心が、本当に警戒すべき人物にのみ、向かうこととなります。

 

 

 

ですからあなたは、たとえ失恋やいやがらせでも、すぐ立ち直れるレベルで経験することも、大切になります。

 

 

 

そしてそんなときには、「自分は少しだけ、ココロが強くなれた」と、むしろ感謝の気持ちを抱けば、いいでしょう。

 

 

 

そうして自信や対人能力が磨かれたあなたは、孤独のなかにいてもいいし、人と交わってもかまいません。

 

 

 

なぜならそのときのあなたはすでに、どんな社会でも生きていくチカラがあるのですから、ご自分の好きな生き方を選べばいいだけだからです。

 

 

 

まとめ

 

 

 

人は人間不信には、基本的に生まれつきではなく、育ちによりかかります。

 

 

 

「親に愛されなかった」という気持ちが、あらゆるへの他者への不信感における原点となります。

 

 

 

ですから、成人してからの大きなトラウマというものは、その人が人間不信に取りつかれる引き金にはなっても、原因のすべてというわけでは、ありません。

 

 

 

またそうした人は、他人も信じられないから、自分も信じられずに自信を失くし、さらになにも信じられなくなるという悪循環に陥ります。

 

 

 

それを防ぐには、まずは自分に信じられる、自分」を創ることです。

 

 

 

そのためには、自分の目標とすることを積み重ね、確実に自分の能力を向上させていくことです。

 

 

 

また、積極的に人のなかに入っていき、だれとも「一期一会」の気持ちで接することも、重要です。

 

 

 

そうして「人を信じる」ということができるようになって、はじめてその人は、他人への「懐疑能力」や「判断力」を身につければ、いいのです。

 

 

 

さらに、人間と直接ふれ合うことに抵抗のある人は、まずは植物、動物、ヌイグルミなどと信頼関係を築くトレーニングも、有効です。

 

 

 

最後に人が人間不信から解放されるには、以下の4箇条をステップアップしながら実践していくと、いいでしょう。

 

 

 

1.「自分で信じられる自分」を創る。

2.人のなかに積極的に入っていく。

3.つねに一期一会の想いで他人に向かい、自分が出会った人、すべてに、いい気持になってもらおうとする。

4.人間以外のものを愛し、自分自身をココロの底からさらけ出す。

 

 

 

では、あなたなりの仕方で、人間不信の檻からの脱出を、試みてください。(^_-)-☆

その先にはきっと、「人を信じることの喜び」の世界が、あるはずです。

 

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

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