努力が苦手でできないあなたに贈る、努力の真の意味と効能と継続法

はじめに

 

 

 

 

人間、生きてるかぎり、必ず努力が必要になりますね。

(*^^*)

 

 

 

こんなこと私に言われなくても、あなたはこれまでさんざん、親御さんや学校の先生などに言われてきて、うんざりしているのでは、ないでしょうか?

 

 

 

「ガンバレ!」、「イチローを見習え!」、「なせば成る、なさねば成らぬ、何事もだぞ!」とかいった具合に。

 

 

 

ところが、あなたにそうやって喝を飛ばす大人の人たちは、はたしてあなたに、その努力について具体的で肝心なことを、教えてくれたでしょうか?

 

 

 

多分、そういう大人の人は、圧倒的に少なかったと思います。

 

 

 

ですからあなたは「努力しろ!」と言われるたびに、以下のように思ったのではないでしょうか?

 

 

 

努力っていうけど、それは具体的にどんなものなの? 実際ににどんなことをすればいいの? 『正しい努力』ってあるの?」と。

 

 

 

そうなんです。

 

 

 

ここは私が大人の一人として、あなたにコッソリ教えちゃいます。

 

 

 

じつは「努力!努力!」と言ってる大人の大分部は、「努力」の本当の意味をわかっていない。

 

 

 

それどころか、正しい努力をしてなんらかの成果を上げたした人というのは、ほんの一握りなのです。

 

 

 

ではなぜ、そういうことになっているのでしょう?

 

 

 

それはまさに彼らが、なにかに挑んだとき、努力が足らずに挫折した。

 

 

 

あるいは努力の仕方を間違えたからなんです。

 

 

 

またはそもそも、自分から積極的に努力なんかしないで、のほほんとそのまま、大人になっちゃた人も、多いでしょうね。

 

 

 

ですからそういう人たちにとっては、努力で結果を残した人などを見ると、「とかく、努力をすればいいんだな」と、思いこんじゃうんです。

 

 

 

ですが本人自身は、前述したように、努力による具体的な成功体験がありません。

 

 

 

なので、努力の本当の意味もやり方もわからず、とかく子どもだったあなたに、「努力! 努力!」と言っていただけなのです。

 

 

 

私がこう申しますと、あなたはきっと「じゃあ、努力なんて、そもそも無意味なの?」と訊いてくるかもしれません。

 

 

 

もちろん、そんなことはありません。

 

 

 

世間には、必死の努力の末に成功者になった人は、多くいます。

 

 

 

それどころか、努力をせずに成功できた人というのは、ちょっと存在しないと思います。

 

 

 

ただそうした人たちは、社会全体から見たらほんの数パーセントしかいません。

 

 

 

またそんな人たちはいちいち、「自分がどうやって成功したか」というノウハウを、タダで人に教えるはずもありません。

 

 

 

だけど成功者は、自分や自分の会社等のため、本などで成功術などを語ることが多いです。

 

 

 

ところが、それは人によって言うことがバラバラ。

 

 

 

ときにはAさんとBさんで、真逆の主張をしていることもあります。

 

 

 

だからこそ、世間には「本当の努力」がどういったものか、統一的な常識として定着しないのです。

 

 

 

ところが私は、長年の研究から、すべての成功者に共通する行動や心がけがわかりました。

 

 

 

ですのでここで、「努力」について、よくわからない人、「努力」しても長く続かない人のために、「正しい努力とは、どういうものか」を述べていきます、

 

 

 

 

 

第一章 「努力」を哲学的に定義すれば

 

 

 

 

 

ではまず、そもそも「努力」とは何でしょうか?

 

 

 

これを哲学的に定義すれば、以下になります。

 

 

 

「現在の自分の能力では、手の届かないものを獲得するための媒介的行為」。

 

 

 

ちょっとむずかしいことを、言ってしまいました。(^^ゞ

 

 

 

まず、正しい努力というものには、必ず目標があります。

 

 

 

ここでとりあえず、「努力」とは、「それを得るためにがんばること」と思っていてください。

 

 

 

たとえばあなたは学生時代、最新のスマホを買おうと思って、一生懸命にバイトをしたかもしれない。

 

 

 

または自分の入りたい大学に受かるため、必死に勉強したかもしれない。

 

 

 

これこそが、「努力」そのものです。

 

 

 

あなたはスマホが欲しかった、あるいは入学したい学校があった。

 

 

 

ところが当時のあなたには、スマホは高すぎた、または志望校の試験は、当時のあなたの学力では、合格点が取れるものではなかった。

 

 

 

だからあなたは頑張って、バイトをしておカネを貯め、必死に勉強をして、スマホを買い、大学に受かったのです。

 

 

 

そこから見ると、あなたにとって「努力」とは、あなたとスマホや志望校を結ぶための橋渡し(媒介)だったわけです。

 

 

これで、おわかりでしょう?

 

 

 

 

 

第二章 あなたがどんな生き方を目指しても、努力からは逃げられない

 

 

 

 

 

ところで人生が始まったばかりのあなたには、これから多くの欲しいもの、必要なものが現れてくるでしょう。

 

 

 

それは、家や自動車のような物質的なものかもしれないし、または英語力や交渉力のような、能力的なものかもしれません。

 

 

 

さらには、「働かなくても食べていける状態」や「幸せな家庭」のような、あなたの「夢」も、ここに入ります。

 

 

 

ならばあなたは、「学校を卒業した」、「会社に就職した」で、努力をやめていいわけでは、決してありません。

 

 

 

欲しいもの、必要なものがあるかぎり、あなたはこれからも努力を続けなければならないのです。

 

 

 

たとえあなたが、「もうなにもしたくない、このまま会社にへばりついて、一生、逃げ切ってやる」と思っても、状況は変わりません。

 

 

 

というのは、これからの世の中はさらに厳しくなることが、予想されるからです。

 

 

 

上流を目指して、やっと中流、中流でいたいと思ってなにもしなかったら、気がつけば貧乏人だらけの底辺に自分も落ちていた、ということもありえます。

 

 

 

これはもちろん、あなたが公務員や大企業の社員であっても、事情は同様です。

 

 

 

現在では、戦後から日本を経済大国にのし上げた大企業で、どんどんとリストラが進行しています。

 

 

 

また当り前ですが、公務員の給料は、民間からの税金で賄われています。

 

 

 

ならば、民間から入ってくる税金が少なくなれば、公務員も数を減らしたり、給料を下げたりする必要が出てきます。

 

 

 

こうした傾向は今後、より厳しくなっても、緩和されることは、少なくともあと10年はないと私は見ています。

 

 

 

そうしたわけであなたは、たとえ多くを望まなくても、現在の自分にとって大切なもの、仕事や家族や財産を守るためにも、努力する必要があるのです。

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第三章 なぜ、努力しても成功する人は、極度に少ないのか

 

 

 

 

 

ところで私は冒頭で、「努力により自分の夢をかなえた人は、圧倒的に少数派」ということを申しました。

 

 

 

もちろん、世間ではちゃんと仕事を持ち、働いている人がほとんどです。

 

 

 

しかしそれは、本人がココロから望んで選んだ仕事なのか、その仕事に就くため、必死の努力をしたのかといえば、ほとんどはそうではありません。

 

 

 

社会人の大部分は、流れや成り行きにより、惰性で現在の仕事をすることになった人たちばかりです。

 

 

 

嘘だと思うなら、あなたのまわりの同僚や勤め人に訊いてみてください。

 

 

 

なぜ、この業種を選んだのか、どうして、いまの会社に入ったのか、と。

 

 

 

これには、あいまいな答えしか返ってこないケースが、圧倒的に多いはずです。

 

 

 

しかしそんな人たちでも、若いころ、子どものころには、なりたいものや本心から就きたい仕事があったと、答えることも多々あります。

 

 

 

つまり世間には、夢はありつつも、それがかなえられず、挫折した人が圧倒的多数派なのです。

 

 

 

ではどうして、こういうことになるのでしょうか?

 

 

 

その理由は、以下の2点にしぼられます。

 

 

 

第一点は、その夢をかなえるにあたり、本人の精神力や忍耐力が続かなかったから。

 

 

 

そして第二点は、本人はたしかに努力はしたが、その方向性がズレていたため、目標に到達できなかったから、です。

 

 

 

失礼ながらあなたは、ご自分が「努力が苦手」と自覚していらっしゃるからこそ、このページを読んでいるのでしょう?

 

 

 

あなたはなにかを始めても三日坊主、自分の努力により得た成功など、微々たるものばかり、と思っていませんか?

 

 

 

もしそうであっても、それを特段、恥ずかしく思う必要はありません。

 

 

 

なぜなら、この社会で生きているほとんどの人が、あなたと同様か、あなた以上に意志が弱いからです。

 

 

 

彼らはあなた同様、学校の宿題や会社の仕事のように、「義務としてあたえられたもの」に対しては、それなりの結果を残します。

 

 

 

ところが彼らは、自分から主体的に挑戦すべきこと、たとえば外国語の習得や新規ビジネスの立ち上げ等にかんしては、とたんに自分に甘々になるのです。

 

 

 

とかく現在の自分が可愛いし、わざわざ好き好んで、つらい道を選ぶ必要もない。

 

 

 

いまの自分がしたいのは、英語のリスニング練習じゃなく、動画サイトでの一発芸を観ることだ。

 

 

 

そうした理由から、大部分の人は、自分で積極的に挑戦することには、どんどんと脱落していくのです。

 

 

 

たとえば、私が知っているコンサルタントは、以下のように述べていました。

 

 

 

「起業する」と望む人のなかでは、たとえどんなに優秀な講師をつけても、目に見える結果を残せるのは、全体の8パーセントほどだと。

 

 

 

そして人が努力を継続できないもう一つの理由、「努力の方向性がズレている」について、ここで語ります。

 

 

 

たとえば大航海時代などと異なり、現代社会では、世間にあるほとんどのことは、先人が達成ずみで、そのノウハウも多くあります。

 

 

 

大航海時代には、「地球は平面だ」というのが常識でしたので、新大陸を目指す船乗りたちにとって、冒険は文字通り「命がけ」でした。

 

 

 

しかし現代では、たとえばこれまで東大に合格した人は何十万人といるため、「どうすれば東大に合格できるか」の方法論は、複数、存在します。

 

 

 

ならば後は、それを実行すれば、東大にはだれでも合格できそうに思えます。

 

 

 

「東大入学」など、レベルとしてはビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズなどが行ってきたことに比べれば、圧倒的に容易なはずです。

 

 

 

なぜなら、ビル・ゲイツなどは、やればどうなるか、先の見えない道を手探りで進んで、成功しました。

 

 

 

ですが東大入学は、何十万人もの先行者がいるため、フロンティア・スピリッツが必要とは、どうしてもいえないからです。

 

 

 

その東大入学の方法論は、たしかに現在ではある程度、確立され、年々進化をとげています。

 

 

 

それでもやはり、その人に向いた勉強法というのは、選択肢が多いだけに、かえって見つけづらくなっているのです。

 

 

 

さらに人はどんなに注意しても、ついつい自己流のやり方を選んでしまいます。

 

 

 

たとえば、「正しい箸の持ち方」というのは存在し、あなたも子どものころ、親御さんに手取り足取り教えられたはずです。

 

 

 

ならば現在あなたは、毎日正しい箸の持ち方で、食事をしているでしょうか?

 

 

 

なかなか、そうは言えないでしょう?

 

 

 

いつからか、箸の持ち方は自己流のものとなり、青年になった現在でも、ズルズルとそのクセが抜けていないと思います。

 

 

 

そのように、たとえ方法論は正しく、本人もまじめに努力している。

 

 

 

それでも、どうしても行動がズレてしまい、望む結果が得られない、ということは、往々にしてあるのです。

 

 

 

上記2点の理由により、努力しても成功する人は、圧倒的に少ないのです。

 

 

 

 

 

 

第四章 「努力すること」の目的の一つは、「それにより、自分を知ること」

 

 

 

 

 

さて、これまで私は「努力」について、ずいぶんと厳しいことを述べてきました。

 

 

 

ひょっとしてあなたは、もう、うんざりした気分でいるもしれません。

 

 

 

しかし、ここからが本題です。

 

 

 

それほどまでに報われがたい「努力」ですが、あなたはそれでもなにかに対して、「努力」をするべきでしょうか?

 

 

 

またさらに、すでにあなたが20歳を超えているのなら、以下の点はだいたい経験的に、ご自分で把握できていると思います。

 

 

 

それは、「自分にとって努力により、可能なこと」と、「どう努力してもムリなこと」の区別です。

 

 

 

この「どうやってもムリ」と思えることに、あなたは挑戦する意味があるでしょうか?

 

 

 

この点は、「段階を追って、自分を高めていきながら、やがていつかは絶対に、やっておくべきだ」と、私は申し上げておきます。

 

 

 

なぜなら、どんな物事にせよ、とかく努力をして取り組んでみないことには、自分の適性や可能性、能力の限界などが、わからないからです。

 

 

 

いくらご自分のことについて、アタマのなかで抽象的に考えたところで、自分の全体像は見えません。

 

 

 

そこに実践をくわえることにより、はじめて「自分とは」が見えてきます。

 

 

 

ですから若いあなたは、とかく多くのことに努力をもって挑戦すべきです。

 

 

 

まず最初は、簡単に実践できて、あなたにも可能なものから、最終的には「自分にはムリ」と思えるものまで。

 

 

 

そしてその際にもっとも重要なことは、対象に対して払うべき努力の量と、リミットの期限をしっかりと決めておくことです。

 

 

 

くわえてその対象は、あなたの人生や夢や仕事に関係があるものにすべき、という点に注意してください。

 

 

 

というのは、「カッコよさそうだから」とか「流行だから」という理由でやるものを選んでしまうと、なかなか続かないからです。

 

 

 

つまずいたとき、すぐに投げ出してしまうのは、目に見えています。

 

 

 

あなたはまず簡単なもの、たとえば Word や Excel の基本操作などから、始めてみましょう。

 

 

 

それに対して注ぐ努力の量は、自分の能力の6割くらいで充分です。

 

 

 

肝心なことは、それをいったん始めたら、絶対に最後まで止めないことです。

 

 

 

だからこそ最初は、簡単に達成できるものを選ぶべきなのです。

 

 

 

そうしてあなたは、自分の能力を向上させるため、または自分自身を知るため、なにかを始めてみるのです。

 

 

 

その際における最大の敵は、自分自身のココロだと、しっかりと認識しておいてください。

 

 

 

なぜなら対象をやり遂げるのも、対象から逃げ出すのも、すべてあなたのココロ次第だからです。

 

 

 

そして、なにかをやり始めたときにもっとも重要なことは、「自分を無にする」ということです。

 

 

 

そうして自分のなかに湧き起こる、「メンドくせー」という感情を押し殺し、排除するのです。

 

 

 

最初はまるで、それをやるときは自分が作業ロボットになったような気でいると、いいですよ。

 

 

 

それなら、余計な雑念が湧いてきませんので。

 

 

 

これについても、ほんの3日や1週間ならば、だれにでも実行できるはずです。

 

 

 

その結果、達成できれば、よし。そうでなかったなら、何が悪かったのか、深く反省しましょう。

 

 

 

そしてその点を自分でいましめ、今度同じことに出会ったら、同じことをくり返さないよう、じっくりと自分に言い聞かせます。

 

 

 

いや、本当は成功したときも、その過程でヤバいと思ったことを、ピックアップすべきです。

 

 

 

というのは、じつは人は、成功したときほど「なぜ、うまくいったのか」がわからないので、それが後々、アダとなる可能性があるからです。

 

 

 

ですから、むかしの人は「勝って兜の緒を締めよ」と言ったのです。

 

 

 

そうして一つのことを終わらせたら、自分の未来や夢を想定し、それを実現するために必要なものに、簡単なものから手をつけていきましょう。

 

 

 

またこの時点で、「自分の将来像」がわからなくても、問題はありません。

 

 

 

そのときは、「現在の自分」に必要だが、欠けているものを探し、再挑戦すればいいのです。

 

 

 

そうしたことを半年もくり返していくと、自分の得意、不得意、努力すればできること、どうがんばってもムリなことが、ハッキリしてくるでしょう。

 

 

 

つまり、自分の挑戦に対する結果と反省により、あなたは「自分を知る」ことが、できるのです。

 

 

 

それだけでも充分、「努力をすること」は、意味があるといえます。

 

 

 

なぜならこの場合、あなたが別分野に挑むときでも、あなたは「自分自身を知っている」ことになります。

 

 

 

ですからあなたは、対象にどう取り組めばいいかは、努力しないで挑戦した場合より、わかりやすくなっているでしょうからです。

 

 

 

 

第五章 私が歴史、英語習得のために払った「努力」

 

 

 

 

 

さて、これまで「あなたは、どうするべきか」ということをずっと述べてきましたので、今回は、「私自身は、どうだったか」を、お話ししたいと思います。

 

 

 

私はこれまで、ほぼ独学で多くの学問を、それなりに修めてきました。

 

 

 

このとき、まず最初に手をつけたのが、世界の歴史でした。

 

 

 

当時私はちょうど20歳で、ある事情から心身ともに深く病んでいました。

 

 

 

ですので、「いまできることは、何か」と考えた末に出てきたのが、歴史の習得だったわけです。

 

 

 

なぜ歴史かというと、そのときは漠然と、学問へのあこがれがあったからです。

 

 

 

将来、自分がどんな分野を専攻することになろうとも、歴史は確実にその基盤になると、信じていたからです。

 

 

 

そこで私は、薄い通史の新書を数冊読んで、次に河出文庫の「世界の歴史 24巻」を3回読み返すことに、挑んだのです。

 

 

 

これはいまでも販売されていますが、一冊あたり400ページもあり、容赦なく専門用語がバンバン出てきます。

 

 

 

ですのでこれを読破するのには、大変な根気が必要となります。

 

 

 

私はやる前は怖気ずき、「自分に、できるかな」という不安がありましたが、やってみれば1年ほどで、実行できました

 

 

 

精読を、1回、2回、3回とくり返すことでより理解が深まり、以前に読んでわからなかったことが見えてきました。

 

 

それにより私には、「世界の歴史の全体像」が把握できるようになったのです。

 

 

 

その成功により、私の関心は、次々と他の学問へと広がっていったし、またそれをやり切ったことが、他の学問を理解する上での基盤となりました。

 

 

 

またそうして、自分の内的世界を広げていった私でしたが、やっかいだったのは、英語でした。

 

 

 

じつは私は、歴史の勉強をはじめる前に一度、アメリカに留学していました。

 

 

 

理由はとかく、当時の日本から、すぐにでも出て行きたかったからですが、このとき身についたのは、日常レベルの英会話のみでした。

 

 

 

将来的に学問の道に進むなら、英語習得は欠かせないし、またこのままでは終われないとの気持ちから、私は23歳のときに再渡米しました。

 

 

 

このときは学校に籍だけおいて、半年以上、近くのカフェで朝から晩まで英書を読み漁り、アメリカ人や他の国の人たちと、いつも議論ばかりしていました。

 

 

 

その結果、私にはまずまずの英語力がつきました。

 

 

 

そして帰国後には、翻訳や英文作成、英語コピー作成の仕事が、できるようになっていたのです。

 

 

 

 

 

第六章 自分が努力する対象の、優れた師を見つける方法

 

 

 

 

 

努力をする上で重要な点は、いい加減な気持ちや、その場での衝動、情熱のみで行動しない、ということです。

 

 

 

とかくなにかに対して努力を払うのは、冷静かつ計画的になすべきです。

 

 

 

そうでないと、気持ちが熱いほどに、困難にぶち当たったとき、ココロがポッキリ折れてしまいます。

 

 

 

および次に大切なことは、なにかに取り組むときは、信じられる師を持つことです。

 

 

 

その人は、少なくともその分野においては、まったくの素人であるあなたにとっては大先輩です。

 

 

 

ですからいったん、だれかを師と決めたなら、少なくともあなたがその人のレベルに達するまでは、疑いを持たないほうがいいです。

 

 

 

たとえ部分的に、その人の欠点や間違いを見つけても、です。

 

 

 

私は少年期は、どうしようもない虚弱児でした。

 

 

 

というより、正確には精神病の芽をずっとココロに抱いていたのですが、この点はここでは省略します。

 

 

 

そうして、「こんな自分じゃ、ダメだ」という気持ちから、18歳より空手を始めました。

 

 

 

そこで私は、ある師匠と出会ったのですが、私はその先生の一言一句に従いました。

 

 

 

それから30年経ち、実際に空手に打ち込んだ期間は短く、私の空手の腕前自体は、まったく大したことはありません。

しかし少なくとも、基本技だけは、師匠から褒められるくらい、キレイな打ち方ができるようになりました。

 

 

 

これは、私が師を信じてついていったからこそ、できるようになったことです

 

 

 

また、私が空手をやっていなければ、いまごろは廃人になっていたかもしれません。

 

 

 

そうしたわけで問題は、あなたがなにかを習うとき、どうやってあなたに相応しい師を見つけるか、です。

 

 

 

その場合、あなたの直感や相性を頼りにしても、もちろんかまいません。

 

 

 

ですが、もっとも重要なことは、その人が」ではなく、「その人の弟子が」、どれだけ成果を出しているかです。

 

 

 

教える能力」というものは必ず、弟子の実力として、その人に返ってきます。

 

 

 

ならば、優れた弟子を何人も育てているのなら、その人の「教える能力」は、本物ということです。

 

 

 

もちろん私の師匠も、「教える能力」には定評があり、組織のなかではトップクラスの人でした。

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第七章 私が「報われなかった努力」から、得られたもの

 

 

 

 

 

また「努力」において重要なことは、努力したけど、ダメだった」ことを、「努力しないこと」のアリバイにしないことです。

 

 

 

一度それを言い訳にしてしまうと、万事において自分を甘やかし、その自己正当化を使うようになってしまいます。

 

 

 

その結果あなたは将来、言い訳ばかりで、なにもできない人間になる可能性もあります。

 

 

 

あなたがそうならないためには、なにかに挑むとき、そこに払う努力と時間の量を、あらかじめ決めておくことです。

 

 

 

そうしてなにかに打ち込むときは、徹底して、しかしムリのない範囲で頑張る。

 

 

 

ですが、その結果として出た答えは、素直に受け入れるべきです。

 

 

 

これについて、私の経験を述べます。

 

 

 

私は数年前、あるネットビジネスに挑んでいました。

 

 

 

ところが当時の私はとかく貧乏だったので、師につくこともできず、すべてを独学でやっていました。

 

 

 

そうして一年後、それまで必死に取り組んだのですが、結果が思わしくなかった私は、思い切って専門家に相談してみました。

 

 

 

その結果、そのやり方だとダメだということを、言われました。

 

 

 

このとき私は、素早く事業から撤退しましたが、敗北感や後悔はありませんでした。

 

 

 

というのは、それは私が全力で取り組んだビジネスでしたが、それ以上やってもムリだということが、感情で理解できたからです。

 

 

 

またこのとき私は、自分の失敗について深く反省したため、その経験は後々、別のビジネスで活きることとなりました。

 

 

 

私がそうした気持ちでいられたのも、私が失敗から教訓を引き出すよう、冷静に受け止めていたからです。

 

 

 

とかく厳禁なのは、何度も言いますが、「自分は(中途半端な)努力をした」ということを、「次の努力をしないこと」の言い訳に使うことです。

 

 

 

 

 

第八章 つねに努力があなたを裏切らせないでおく、方法論

 

 

 

 

 

ともあれ努力の意味」とは、自分と、自分が望むものとの距離の「媒介」となること、つまり自分と目標との「橋渡し」です。

 

 

 

そしてそれをトライアル・アンド・エラーでくり返すことにより、「自分自身」を知ることができます。

 

 

 

つまり、自分の望むものが、努力により獲得可能かという点はもちろん、自分の能力の伸びしろ、自分という人間の本質まで、わかるようになります。

 

 

 

ですから端的に述べて、「努力」の意義と効能は、おおよそ次の5点に集約されます。

 

 

 

 

 

1.目標達成までの距離を埋めること。

 

 

 

2.自分自身を知ること。

 

 

 

3.自分の能力全体の底上げ。

 

 

 

4.自分の持つあらゆる可能性を向上させること。

 

 

 

5.何ごとにも挑戦することにより、自分の人格自体をポジティブで積極的なものとすること。

 

 

 

 

そうしたことからあなたは、「どうせ努力など、遺伝にはなかわないだろう」、「この前やって、ダメだったから、何度やっても同じだろう」と思ってはいけません。

 

 

 

なぜなら、努力をくり返すことにより、あなたには年を経るごとに、可能性が増えるのですから。

 

 

 

というのも、努力の過程で、自分には目指しているもの以外の才能があることに、気づくこともあるからです。

 

 

 

また努力を重ねることで失敗すれば、それを真摯に反省、改善することで、あなたには賢さ、精神力、意志力、忍耐力がついてきます。

 

 

 

とかく重要なのは、努力を抽象的にとらえないことです。

 

 

 

たとえば、ときには高校野球の校歌や「ガンバレ系」の歌謡曲を聴くのも、いいでしょう。

 

 

 

ですが、自分の目標を自分の実践に移すときには、必ず自分の具体的なプランに落とし込んでください。

 

 

 

つまり、努力はいつでも積極的に行うべきだが、それはつねに計画的に実践し、その結果を反省することが重要ということです。

 

 

 

そうすることにより努力は、はじめてあなたにとって有効なものとなります。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

努力の意義とは、主に自分の希望をかなえるためと、自分自身を知るために存在しています。

 

 

 

さらには、自分がすでに持っている他の能力や可能性を高めること、自分自身を積極的な人間にする効能なども、あります。

 

 

 

ですが、「努力!努力!」と二言目に叫ぶ大人は、じつはほとんど、このことを理解していません。

 

 

 

それどころかそういう人たちのほとんどが、若いころに中途半端な努力をして、失敗した人たちです。

 

 

 

しかし若いあなたは、これから生きていく上で、生きがいのある人生を送るには、努力は欠かせません。

 

 

 

ではあなたは、どうすればいいか?

 

 

 

それはいつも努力を合理的にとらえ、計画的に実践していくことです。

 

 

 

そうすることであなたは、「自分自身」というものが見えてくるし、あなたの能力そのものも、年齢を経ることに向上します

 

 

 

とかく努力に必要なものは、「計画と実践と根気と反省と修正」です。

 

 

 

このうち、どの一つが欠けても、最短距離での成功はむずかしくなります。

 

 

 

それを肝に銘じ、くり返すことにより、あなたは努力による成功を積み重ね、将来的に真の成功者になってください。

 

 

 

今回の記事は、いかがでしたでしょうか?(*^^*)

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

 

応援を、よろしくお願いいたします。(`・ω・´)ゞ

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