読書をする真の意味は、「新しい自分を創ること」。本を読み、自由な世界を手に入れよう!

はじめに

 

 

 

 

 

 

さて、そもそも人とは、なぜ「本を読む」などということをするのでしょうか?

 

 

 

これには、大きく分けて3つの理由があると思います。

 

 

 

第一点は、純粋に娯楽のため。

 

 

 

第二点は、なんらかの具体的な実用目的のため。

 

 

 

そして最後に、これが大切な点なのですが、それにより自分が変われるからです。

 

 

 

本を読むことにより、それまで自分が知らなかった世界を、見ることができます。

 

 

 

それにともない、それを反復し、読む量を重ねることで、自分自身も変わっていけます。

 

 

そしてその結果として、「自分が望む自分」になることも可能です。

 

 

 

私はまさに、読書の醍醐味とは、この点につきると思います。

 

 

 

その点を踏まえて、このページでは読書の意味と効能について、語っていきます。

 

 

 

 

 

第一章 「理性のチカラ」により、自己変革さえ可能な、人間という存在

 

 

 

 

 

まず、そのように、「自分で自分を変えていく」ということができるのは、人間、それも一部の賢い人物だけです。

 

 

 

ならば、それを行わない手はないと思います。

 

 

 

たとえばそもそも、動物であれば、本能のままに生きていくことしか、できません。

 

 

 

例を挙げれば、野生のオオカミは、生後7~8週間から自立を始めます。

 

 

 

ところが人間の場合、文明社会に生きるにあたっては、20年前後の教育期間が必要となります。

 

 

 

その理由は、野生のオオカミならば本能で行動するのに対し、人間は理性により、社会性をともなった行動ができるようにならないと、いけないからです。

 

 

 

基本的に動物が持つ本能とは、生まれたときから内部に、プログラミングされています。

 

 

それに対して人間の教育は、外部から、しつけや情報の伝達でもって、おこなわれます。

 

 

また通常の人間は、いったん教育期間が終われば、もうそのまま社会で自立し、教育されたとおりに生きていくだけです。

 

 

 

ところが人間には、「自由のチカラ」=「理性」があるため、自分自身の行動をコントロールすることが、可能です。

 

 

 

そのため人間は、「自分自身で『教育された自分以上の自分』を創ること」が、できます。

 

 

 

これはつまり、自己教育や独学を指します。

 

 

 

それにより人間は、自分がなりたい自分」になることさえ、可能になるのです。

 

 

 

そしてそのためには、しっかりと本を読み込めば、いいのです。

 

 

 

 

 

第二章 「読書」とは、賢者にのみあたえられた特権を行使すること

 

 

 

 

 

はじめに動物とは、先述したように「本能」によって動かされるカタチでしか、行動することができません。

 

 

 

次に通常の人間とは、「親や社会に教育されたままの自分」でしか、いられません。

 

 

 

ですが理性的な人間は、一定の制限はあるとはいえ、自分で自分を、自由に変えていくことができます。

 

 

 

唐突ですが、上記三者が生きていく上での規範とするものは、それぞれ哲学で言う、「真善美」に該当します。

 

 

 

順序が逆ですが、まず「」とは何かから、説明いたします。

 

 

 

それは、「感覚的真理」であり、それは「おいしい」だとか「気持ちいい」といった、自己感覚が感じることで、対象をいいか悪いか判断するものです。

 

 

 

これはおもに、野生の動物が大自然を生きていく上で、行動規範とするものです。

 

 

 

たとえば、野生の象がある果物を食べて、彼がそれを「おいしい」と判断すれば、その果実は、その象にとって「真理=食べ物としてふさわしいもの」なのです。

 

 

 

次に「善」とは何かですが、こちらは「感情的真理」です。

 

 

 

つまり喜怒哀楽といった感情によって、その対象が善か悪かを断ずる、認識の作用を指します。

 

 

 

これは、一般の人間が社会生活を送る上で、ある対象を感情によって「善か、悪か」と判断するものです。

 

 

 

たとえば、ある男が食堂でご飯を食べているとき、急に外で雨が降り出したとします。

 

 

 

男は帰り際に、自分が傘を持ってきていなかったことに気づき、一瞬、他人の傘をそのまま持ち去ろうかと考えます。

 

 

 

ところが彼のなかにある道徳観念が、「それは窃盗であり、してはいけない悪いことだ」と、彼に語りかけます。

 

 

 

そこで彼は、仕方なく雨に濡れたまま帰ることにしました。

 

 

 

これが、「感情」による道徳判断です。

 

 

 

さて、最後に「」です。

 

 

 

こちらは、理性や論理により、ある物事が「正しいか、間違っているか」を識別する能力です。

 

 

 

これはたとえば、学者が自分でなにかの発見をなしたとき、それが本当に正しいかどうか、過去の文献等を調べ、「思考によって」判別することを指します。

 

 

 

ここから、「真善美」とは、生物や人間が持つ判断能力を、高度なものから順に表したものだと、わかります。

 

 

 

そしてこの「真善美」という、それぞれの認識能力の持ち主のなかでは、「真」を自分の行動規範としている者、つまり「賢者」だけが、原則として自由になれるのです。

 

 

というのも賢者は、理性的に自分のアタマで考えて行動できるため、社会常識やしきたりに、とらわれないですむからです。

 

 

 

もちろん賢者でも、一市民として生きるかぎりは、社会常識に従わなければ、いけません。

 

 

 

ところが彼のココロは、常識や感情にとらわれず、自分が生きていく道を、自分で選び、創ることが可能です。

 

 

 

だからこそ、彼は「自由」なのです。

 

 

 

まただからこそ、あまりにも自由すぎた古代ギリシアの哲学者、ソクラテスは、「常識的な」市民たちに嫌われ、処刑に追い込まれたともいえます。

 

 

また自由な賢者は、自分の意思により自分だけの夢をかなえたり、自己努力により、社会で自分の居場所を創ったりすることも、できます。

 

 

 

さらにたとえ、彼は社会的に不自由な身分にあったとしても、想像力の翼を広げて、能動的に思考できるため、ココロはいつも自由です。

 

 

 

この点は、もしあなたが映画「ショーシャンクの空に」を観たことがあれば、主人公、アンディの言動を、思い返してもらいたいと思います。

 

 

 

アンディは、まったく身に覚えのない罪で投獄されましたが、そのなかにあっても彼はつねに、快活でした。

 

 

 

そして、そのような賢者の生き方を、もっとも現実的に可能とさせるのが、「読書」という行為なのです。

 

 

 

ちなみに「ショーシャンクの空に」のなかでも、主人公アンディは、刑務所の図書館を改善し、囚人たちに教養と読書のすばらしさを、教えました。

 

 

娯楽として小説を読むだけでも、人は自分の知らない世界を、仮体験できます。

 

 

 

また、長い年月を生き抜いてきた書物を読むことで、人類5000年の知恵の遺産を、手に入れることもできるのです。

 

 

 

あるいは人は、歴史を学ぶことで、自分が生きているこの世界の仕組みが、どう出来上がったのか、知ることも可能です。

 

 

 

するとその知恵は、彼が未来を生きるのにも役立ちます。

 

 

 

なぜなら、「温故知新」という言葉があるように、「過去を知ること」は、「未来の疑似体験」に通ずるからです。

 

 

 

 

 

 

 

第三章 読書はあなたのココロを、空間からも時代からも自由にする

 

 

 

 

 

 

さらに、多くの本を体系的、計画的に読んでいくことによって、人はあるときから「自分自身が変わる」ことを経験することも、できます。

 

 

 

というのは、いつも自分が書物に対して「なぜ?」と問いかけ続け、書物から返答を得るごとに、自分でも知らないうちに、自分が成長しているということも、あるからです。

 

 

 

これは端的に述べれば、ロールプレイングゲームのなかで、主人公の経験値が上がるごとに、彼が強く成長していくのと、おなじです。

 

 

 

その結果としてあなたは、「自分だけの発見、自分だけの真実」を持つことも可能となります。

 

 

 

これはまさに、「自分だけの世界」であり、常識もしきたりも超えた、「あなただけの世界」です。

 

 

 

あなたはたとえ、社会的に恵まれない立場や貧困に置かれても、この世界だけは、だれも侵すことはできません。

 

 

 

またこの世界だけは、たとえあなたがどんな惨めな目に遭っても、絶対にあなたを裏切ることは、ありません。

 

 

 

動物の本能も、人間の常識も、彼らを大自然や社会に活かすために存在していますが、同時に彼らの行動を制限するものでも、あります。

 

 

 

常識などにどっぷり浸かっているあいだは、人は独創的な発想など、できるものではありません。

 

 

 

ところがあなたは、多くの読書を経ることにより、「常識を超えた発想」が、可能となります。

 

 

 

なぜなら、あなたが読む良書に書かれている内容は、あなたが現在、生きている時代や社会とは、関わりのない価値観で記述されているからです。

 

 

 

たとえば現代のイギリスで出版された『ハリー・ポッター』でさえ、この世界とは異なる法則で支配された時空での物語です。

 

 

 

それでも『ハリー・ポッター』は、世界中の子どもはもちろん、大人までも虜にしました。

 

 

 

 

ですからあなたは、読書を重ねることで、時間や空間を超え、多くの価値観を知ることにより、他の人にはできないことが、できるようになります。

 

 

 

それは、「いま現在の自分自身と、自分が生きている世界」を、相対化、客観視することです。

 

 

 

これはまるで、自分や自分が生きている社会を、外側や上から見るような視点を得られる、ということです。

 

 

 

さらに、「現代日本」における価値観とは異なる、多くの価値観を知ることができます。

 

 

そこからさらに、さまざまな発想が、可能となるのです。

 

 

 

たとえば、会社での提案、これからの生き方、自分の欠点の修正、等々。

 

 

 

あなたは読書から、これまで家庭や学校であたえられなかった、独創的なアイデアが得られ、上記のようなものを考えるとき、大きな助けとなるでしょう。

 

 

 

また、あなたが人生を生きるにあたり、必要だけど、現在は欠落しているものについて、読書で補うことも可能です。

 

 

 

これはよく言われるところの、「魚の獲り方」です。

 

 

 

失礼ながら、あなたはこれまでの半生で、「魚」はあたえられても、「魚の獲り方」は、教えられてこなかった。

 

 

 

ですからあなたは現在、生きるのに不自由しているのです。

 

 

 

どうか本の世界から、あなただけの「魚の獲り方」=「社会での生き方」を、編み出してほしいと思います。

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第四章 本はあくまで、エッセンス。本の内容を自分のものにするには、「あなたの経験」が不可欠

 

 

 

 

 

ただし、私が述べたことを実行に移すのなら、注意点があります。

 

 

 

それは、本とはあくまで、エッセンスにすぎないということを、認識している必要があるということです。

 

 

 

ですから、そこに書かれていることを、本当の意味で「あなたのもの」にするためには、あなた自身の行動が必要となります。

 

 

 

それは、あなた自身が読書で得た知見をもとに、計画的に多くの経験を積むことです。

 

 

 

そうしてそれはやっと、本はあなたの血肉となり、あなたの一部となるのです。

 

 

 

やや難解なことを述べましたが、それは以下のように考えてください。

 

 

 

 

本(読書)→カップラーメンの元(特殊性)
↓                            ↓
あなたの経験→お湯(普遍性)
↓          ↓
あなたの真の実力→おいしいカップラーメンのできあがり!(個別性)

 

 

 

 

おわかりでしょうか?

 

 

 

これを、論理学の言葉を用いて、簡潔に述べます。

 

 

 

まず読書とは、特性はあるが、いまだ実体のない、お湯のかけられていないカップラーメンのようなもので、この時点では、「特殊性」にすぎません。

 

 

 

そこに、「あなたの経験」という「お湯」=「普遍性」をくわえます。

 

 

 

これを多くくり返すことにより、本に書かれた内容は、意味や実態のある、「できたてのカップラーメン」=「個別性」となるのです。

 

 

 

 

つまりくれぐれも、本を読んだだけで、ご自分が高められるとは、思わないでください。

 

 

それを本当にあなたのものにするには、どうしても「あなたの経験」というものが、必要となるのです。

 

 

 

この点の例示すると、「英語の発音」が挙げられます。

 

 

 

まずあなたは本を読み、知識として発音の分類や、日本語との発音の違いを学びます。

 

 

 

次にあなたは、その本を数回、読み返します。

 

 

 

あなたの実践は、そこから始まるのです。

 

 

 

ここであなたは、本に書いてあった通りの発音を、何回もくり返します。

 

 

 

そこでできたら、ネイティブの人にチェックしてもらうのが、好ましいです。

 

 

 

その練習を反復することで、あなたはいつか、実際に自分で正しい発音で、英語を話せるようになるでしょう。

 

 

そうした実践ですが、これは本を読む前に、大ざっぱでいいので、練習期間や内容などについて、計画を立てておくのが、望ましいです。

 

 

 

そうして練習を重ねていると、あなたはいつか、「英語を正しく発音できるあなた」に変わっています。

 

 

 

するとそれは、「本を読む前のあなた」とは、「ある意味で異なるあなた」であるということです。

 

 

 

 

 

第五章 文学作品から、人生の苦難と試練の意味を知る

 

 

 

 

 

さて、ここで私自身のことについて、述べます。

 

 

 

 

まず私のこれまでについて、関心がおありなら、以下の引用をお読みください。

 

自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。その原因と克服法を教えます

http://nayamimuyou.net/cocolo/自己嫌悪でいつもイライラしているあなたへ。そ.html

 

上記、第一章から第七章まで

 

 

 

 

私自身は、呪われたような自分の幼年期、少年期から逃れるように、「自分・再創造計画」を始め、その際に読書を本格的に開始した次第です。

 

 

 

 

というのも当時の私は、親や社会から、「生きていく上での規範」=「魚の獲り方」を、まったく教わっていなかったからです。

 

 

 

そのため私は、半分は自分の意志で、また半分はやむなく、19歳くらいから、膨大な本を読む生活に入ったのです。

 

 

 

 

その際にまず、私が手をつけたのが、「文学」でした。

 

 

 

その理由は、当時の私のココロは空洞状態であったため、「人間の感性、ココロ」および「人間の生き様」を真っ先に学ぶ必要があったからです。

 

 

 

そうして私は、多くの小説や詩、戯曲を読んで、文学の勉強は、いったん終了としました。

 

 

 

もちろんその後も、文学作品は多く読みましたが、それらはあくまで、他の複数の専門書を読むインターバルとして、おもに行いました。

 

 

 

その結果として、私のココロに強く残ったのが、『モンテ・クリスト伯』や『レ・ミゼラブル』における、主人公たちの生き様でした。

 

 

 

これらの書物から私は、自分なりに以下のことが見えてきたのです。

 

 

 

それは、「試練に耐えることの重要性」、「なぜ、生きているというのは、つらいのか」、「なぜ、人間には試練があたえられるのか」といったことです。

 

 

 

それはある意味で、自分が神なり天なりに選ばれた存在であるため、あたえれた試練に耐えることで、自分の使命を果たせる、強い人間になるためと、私は解釈しました。

 

 

 

実際に私は、当時通っていた精神科の先生から、感心されるほど多くの苦難を背負っていました。

 

 

 

それは、精神病にアトピー、生きていく上での規範の不在、置かれた環境の、あまりの孤独さなどです。

 

 

 

ですが、そうして当時の私は、現在の自分を苦しめているものにも、なんらかの意味があると考えました。

 

 

 

だからこそ私は、そんな環境に置かれても、自殺もせず犯罪も犯さず、それから30年ちかく、生きてこれたのです。

 

 

 

そのときから私は、ロールプレイングゲームの主人公のように、苦しい経験や困難を克服することで経験値を上げ、最強キャラになることを決意したのです。

 

 

 

 

その結果、現在の私はいまだ道半ばですが、かなり強くなれました。

 

 

 

いまでは、たいていの不運、不幸なことが起きても、私はほとんど動じなくなりました。

 

 

たとえば私は、これを書いている昨年に事故に遭って、大腸を摘出することになり、2度にわたる大手術を受けました。

 

 

 

そのときでも私は、「あ~、また来たか」という感じで、その事実を受け止められたのです。

 

 

 

いまでは若干の後遺症が残っていますが、そうした経験からさえ、私はすぐに意味を見出しました。

 

 

 

それは、当時は過労気味だったので、事故に遭い入院したのは、ちょうどいいタイミングでの休暇だと、思えたのです。

 

 

 

またそこから、入院は仕事で得た経験が、私のなかで、私と一体化し、新しい自分を生み出す契機だ、とも考えられました

 

 

 

 

 

第六章 「物事のウラ側」を意識して学んだ、世界の歴史

 

 

 

 

 

若き日に、一通り世界中の文学を学んでみた私は、次に歴史を体系的に勉強することにしました。

 

 

 

なぜ歴史かというと、まず第一点は、自分が将来、何を専攻することになろうと、歴史の素養は絶対に不可欠だと思ったからです。

 

 

 

まずこの時点で私は、理系の学問を専門にするつもりは、ありませんでした。

 

 

 

それでも、理系にせよ文系にせよ、あらゆる学問は、歴史のなかで生まれ、歴史のなかで発展してきたのです。

 

 

 

またこれは学問にかぎらず、人類の文化、すべてに当てはまることです。

 

 

 

ならば、とかく学問を志すなら、歴史の学習は必須と、当時の私は思ったし、現在でもあのときの決断は正しかったと、確信しています。

 

 

 

そして私が歴史を学んだもう一つの主な理由は、「現象に惑わされないため」、「物事のウラを見る目を養うため」です。

 

 

 

どういうことかというと、どんなものでも最初から、いまのカタチと内容を持って、存在したわけではありません。

 

 

 

あるものが、現在の性質と形状を持つに至るまで、何千年もの歴史があったはずです。

 

 

 

ところが私たちは、通常に生活していると、そうしたことへの注意は、まず向きません。

 

 

たとえばスマホにせよ、それが原始的なアナログ計算機から、現在の電子機器としてのスマホになるまで、何百年もの時間がかかっています。

 

 

 

一般の人ですと、「スマホはスマホ」でおしまいとなり、それ以上はスマホについては、考えなくなるでしょう。

 

 

 

そうした現象に惑わされず、物事の本質的な過程性を見る目は、学問する者にとっては必須です。

 

 

 

またたとえ私が将来、学問関係の仕事に就くことはなくても、そうした物事の過程的本質と構造を洞察する能力は、絶対に必要だと確信しました。

 

 

 

そうしたわけで私は、世界と日本の歴史を、本格的に勉強することにしたのです。

 

 

 

私はまずはじめに、薄い通史の本を数冊、通読して、歴史全体の流れを把握しました。

 

 

 

それが終われば、河出文庫の『世界の歴史 全24巻』を、3回読み返すことにしたのです。

 

 

まず1回目は、細かい固有名詞等はわからなくても、とかく歴史全体の流れを、東洋も西洋も厳密に区別せず、つかんでいきました。

 

 

 

次に2回目は、登場人物の心情や、歴史的事件の意味を吟味しながら、読んでいきました。

 

 

 

そして3回目には、個々の情報をまとめ、自分なりに一貫した知識として、理解しました。

 

 

 

このときにとかく意識したのは、細かい固有名詞や地名、年号などは極力覚えず、「歴史を動かした原動力は、何か」ということを、自分なりに考えることでした。

 

 

 

その結果、いま自分がいるところ、および自分を取り巻いている社会が、どう出来ていったのか、「画像」ではなく「映像」として、把握できるようになったのです。

 

 

 

 

 

第七章 ヘーゲル哲学を徹底して学び、頭脳レベルが数次元上がった私

 

 

 

 

 

そして最後に、哲学について。

 

 

 

私がこれまで体系的に学んだ学問は、他にもいくつかありますが、あまり私のことばかり話すわけには、まいりません。

 

 

 

そこで私の専門でもある、哲学の学びについて、最後に述べます。

 

 

 

まずこちらは、素人がいきなり学びに入るのは、ほぼ不可能です。

 

 

 

現在では落ちぶれていますが、哲学とは西洋において、中世をのぞいた、古代と近代における1000年間は、学問の王様であり、あらゆる学問の総体だったのです。

 

 

 

よってこれを学ぶには、一通りの一般教養が必要です。

 

 

 

私が哲学の研究を本格化させたのも、25歳からと非常に遅かったです。

 

 

 

ただ私の場合、それまでに学んだ文学、歴史学、思想書、教養書、英文、独文での文献等が、大いに役立ち、哲学習得のための土台となりました。

 

 

 

その哲学ですが、私はヘーゲルという哲学者の学問を、自分の専攻としました。

 

 

 

 

理由は、ヘーゲルこそは人類史上、最高、最強の頭脳を持った学者だったと信じていたからです。

 

 

 

ヘーゲルは19世紀の人物ですが、ヘーゲルは彼が生きた時代に存在した、すべての学問を「弁証法」という方法論で、一貫して解明しました。

 

 

 

私はカント等、他の哲学者の著作も参考にしながら、結局、ヘーゲルの全大系を抑えるまで、約7年かかりました。

 

 

 

とくに彼の最大の著作である『大論理学』を読破するのに、私は1年以上、かけました。

 

 

 

このときの私は、それ以外では空手の練習と、バイトしかしていません。

 

 

 

とかくファミレスで朝から晩まで粘って、自分なりに理解できるまで、同じ箇所を何回も何回も、くり返して読み込みました。

 

 

 

1日8時間くらいかけても、2~3ページしか進まないということも、多々ありました。

 

 

 

それでもなんとか、私は『大論理学』を1年以上かけて、読破したのです。

 

 

 

その瞬間、私は自分の脳が、3つくらい高い次元に引き上げられたのを、感じました。

 

 

 

またその成果は、数年後に顕著に現れました。

 

 

 

まずライターになって、モノを書くのに、それについての論理や内容が、どんどん出てくるようになったのです。

 

 

 

とかく下書きができたら、書くべき文章など、次から次へと、アタマのなかから湧いてきます。

 

 

 

私の場合、調べものがあるとき以外、基本的に文章を書いていて、筆が止まるということは、ほとんどありません。

 

 

 

どんどんアタマのなかから、ひっきりなしに語彙と文章が出てくるので、むしろどの表現を使うか、迷うくらいです。

 

 

 

また私は、かつて世話になっていた大手出版社の編集長さんから、「あなたが、これまでウチが使ったライターさんのなかで、ナンバーワンだよ」との言葉ももらいました。

 

 

 

これも苦しみながら、ヘーゲル哲学を学んだのが、主な原因です。

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第八章 本を読む時間を、どう確保するか。読むなら、紙媒体か、電子書籍か

 

 

 

 

 

とかく私は、あなたの若い時期には、読書することをオススメします。

 

 

 

大げさではなく、まじめに読書をするのとそうでないのとでは、あなたの未来が大きく変わっていきます。

 

 

 

また読書により、どんな分野のものであれ、あなたの可能性と選択肢が増えるということは、断言します。

 

 

 

さて、そこであなたがまじめに本を読むことを決めた場合、その方法論について、これから述べます。

 

 

 

まずあなたが働いているのでしたら、まとまった時間を取るのは、きびしいでしょう。

 

 

 

そこで本を読む時間は、自分で工夫して捻出するようにするようにしましょう。

 

 

 

たとえば、通勤電車のなか、会社のお昼休み、休日等を、利用すればいいのです。

 

 

 

その際、紙の本、電子書籍、どちらを使うかは、基本的には、あなたの好みにまかせるということで、かまいません。

 

 

 

ただ私の場合は、読むのは圧倒的に、紙媒体のものが多いです。

 

 

 

理由は、紙のほうが「読んだ!」という実感が得られやすいのが、一点です。

 

 

 

電子だと私の場合は、どうしても、書かれた情報がアタマのなかでバラバラになってしまい、一貫した知識とはなりがたいです。

 

 

 

また、他のウェブサイトで読んだ情報などとも、混同しやすいです。

 

 

 

ですがこれはもちろん、私の場合のみ当てはまることなので、あなたには紙か電子、好きなほうを選んで、読んでいただきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

第九章 まずは自分がイメージする未来像や、過去の読書習慣をもとに、読む本を決める

 

 

 

 

さて次に、あなたが何を読むかを、どう決めるかです。

 

 

 

 

これは現在の時点で、「どうしても読みたい」というものがなければ、ご自分の「必然性」から、掘り起こすのがいいです。

 

 

 

これはつまり、ご自分が将来、なりたいもの、やりたいものに関連するものを読む、ということです。

 

 

 

その将来というのは、短くて2~5年後、長ければ10~40年後の未来から、考えるのです。

 

 

もちろんあなたは、そんなことはいきなり言われても、ピンとは来ないでしょう。
(*^^*)

 

 

 

ですからこの場合は、ご自分の将来像を、アタマに浮かぶかぎり、紙に書きなぐるといいです。

 

 

 

そのとき、「未来のこと」だからわからないのであれば、「あなたの過去」から、掘り返すといいですよ。

 

 

 

つまり、少年時代、幼少期のあなたは、未来に対してどんな夢を抱いていたかを、思い出すのです。

 

 

 

またはこれは、過去に読んだ本やマンガ、プレイしたゲームなどからでもいいですので、そのなかからあなたが憧れた、人物像やキャラの生き様を参考にしてください。

 

 

 

それをとかく、前後の脈略などどうでもいいですから、あなたはひたすら、アタマに湧いてくるイメージを、紙に書いて可視化するのです。

 

 

 

そうしてその作業が、一通り終われば、あなたはそのかなから、もっともピンときたものに焦点を当ててください。

 

 

 

さらにそれらを絞り込むと、あなたはご自分でも自覚していなかった、「自分のあこがれ」について、気づきがあるはずです。

 

 

 

そうして自分のあこがれのイメージに、もっとも近い本を、書店やネットで探します。

 

 

 

さらにそのなかでも、いちばんやさしく基本的なものから、読み始めてください。

 

 

 

その後、1冊読み終えたら、その感想と今後の読書計画を、ノートかスマホにでも書き込んでください。

 

 

 

これは最初のうちは、ほんの数十字、数百字のものでも、かまいません。

 

 

 

その際に大切なのは、あくまでご自分の気持ちにに対して、正直におこなうことです。

 

 

 

あなたはこれから、読書のたびにそうする習慣をつけることで、自分の思考の変遷や成長が、後になって、わかるようになります。

 

 

 

望ましいのは、読書中でも、紙なら鉛筆で、電子なら任意の線等で、ずっとご自分の発見や興味を引かれた部分を、マーキングすることです。

 

 

 

私もそうすることで、過去に読んだ本を見返す際に、当時の自分の思考レベルや、そのときどんなことを考えていたかが、よく思い出せます。

 

 

 

そこからあなたは、ご自分が読書のために割ける時間の6割ペースで、今後、何を読むか考えればいいでしょう。

 

 

 

これはあくまで、楽しくやるというのが鉄則です。

 

 

 

くれぐれもムリな計画を立てて、三日坊主にならないようにしてください。

 

 

 

 

 

第十章 自分の欠点や問題点から、読む本を選ぶ

 

 

 

 

 

さて次に、上記の方法で読む本を探してみたが、適当なものが見つからなかったという場合の対処法です。(*^^*)

 

 

 

その際には、現在のご自分が抱えている問題や、自分に欠けていると思う点を、これも紙に書いて、ピックアップしてみてください。

 

 

 

そうしてあなたは、そんなご自分の欠点を埋めるため、本を読むのです。

 

 

 

そのためには、とかく「現在の自分」について熟考する必要がありますが。

 

 

 

ですからついでに、「自分はどんな人間か」ということも、これを機会に紙に書いて、よく考えてみましょう。

 

 

 

そうすることにより、現在のあなたに足りないものが何か、わかってきます。

 

 

 

そこから、それをヒントに読む本を決めれば、いいでしょう。

 

 

 

その際の手順は、先ほどご紹介した方法とおなじです。

 

 

 

まずは基本的でやさしいものから、その分野の名作といわれる大著までを、数年がかりで読む計画を立てて、それを実行しましょう。

 

 

 

ただもちろん、先のことまではわからないというのなら、まずは数冊読んでみてから、自分の読書計画を、少しずつ立てていくというかたちでも、大丈夫です。

 

 

 

そうして読書を進めていると、あなたには「自分が何者か」が、わかるようになってくるはずです。

 

 

 

そうして「現在の自分を知ることにより、未来の自分のあり方を考える」というかたちで、本を読み進めていけばいいでしょう。

 

 

 

 

 

第十一章 過去に勉強したことを学びなおし、それを今後の読書の基盤とする

 

 

 

 

 

さらには、あなたが大学や高校で勉強した分野の学問を、学びなおすというのも、良いアイデアです。

 

 

 

これをやることにより、あなたはきっと「こんな貴重な情報をないがしろにしていたなんて、もったいないことをした」と思うでしょう。

 

 

 

さらに、そうした教科であれば、それはあなたが過去に、一度は勉強したことがあるものなので、理解も早いはずです。

 

 

 

もちろん、新しい分野の勉強を始めるというのでも、結構です。

 

 

 

しかしその場合、一からのスタートとなりますので、どうしても進展が遅くなります。

 

 

 

ならば、ご自分がかつて、一度は学んだことを一通りマスターしてから、新たな道を探るでも、いいと思います。

 

 

 

学問というものは、どんなものにせよ、絶対的に他の学問から孤立しているということはなく、すべて基本はつながっています。

 

 

 

ならば、一つの分野をある程度、やり通してからなら、その後にどんな勉強をしようとも、素早い理解が可能です。

 

 

 

私もかつては、歴史を広く大きく勉強したからこそ、後の専門となった哲学を、正確かつ迅速に修めることができました。

 

 

 

そうした点から、私はあなたに、「過去の学びなおし」をオススメする次第です。

 

 

 

 

 

第十二章 自分の興味・関心のある娯楽分野から入り、自分の専門の書物へと至る道

 

 

 

 

 

さて、ここではさらに異なる、読書へのアプローチをご紹介します。

(*^^*)

 

 

 

それは、まず純粋にご自分の興味や関心のあるものから、入っていくというやり方です。

 

 

ですから最初は、たとえばラノベやマンガ、アニメのノベライズ作品等でも、かまいません。

 

 

 

それらを楽しむことで、とかく感性が育まれ、想像力が豊かになります。

 

 

 

というのも、活字の本というものは、マンガやアニメほど、作品の情景や登場人物の心情などが、わかりやすくは書かれていません。

 

 

 

そこには絵やアニメ絵などによる描写がないため、理解するには、読み手の側に想像力や読解力が、要求されます。

 

 

 

ですからおのずと、マンガやアニメなどのみを鑑賞するより、あなたの想像力や感性は、育まれていくでしょう。

 

 

 

そうして読書習慣が身につけば、そのときにあなたは、「自分の人生にとって、本当に大切なものは何か」を、考えてみればいいのです。

 

 

 

またそうしたことを思う場合でも、それまでの読書経験が役立ちます。

 

 

 

たとえば、自分の好きなラノベの主人公は、こんなとき、こんなふうに決断を下していたな、といったようにです。

 

 

 

そこからあなたは、自己啓発書やビジネス書等の実用書にシフトしていっても、いいと思います。

 

 

 

この場合ですと、読書習慣自体は、すでに身についているので、易しいものから入れば、どんな分野の本でも、ラクに読めるようになっているはずです。

 

 

 

私も少年期には、純文学などはほとんど、読んでいませんでした。

 

 

 

しかし、筒井康隆や星新一、眉村卓といった SF 作家の作品は、ふんだんに読み込んでいました。

 

 

 

ですから、青年期になって純文学を読み始めても、ほとんど抵抗がなかったのだと思います。

 

 

 

さらには、たとえ娯楽小説の作者であろうと、作家であれば、過去に相当量の読書を経験しているはずです。

 

 

 

ですから、自分の好きな作家に影響をあたえた書物などを読んでいくと、どんどんとあなたの視野は広くなっていきます。

 

 

 

さらに、あなたの知識や教養も、深まっていきます。

 

そうやって、ご自分にとって本当に必要な知恵を身につけていき、後は仕事などで実践あるのみです。

 

 

 

またあなたは、そのようにご自分なりに工夫を凝らしながら、読書を続けられるようになればいいと思います。

 

 

 

その習慣がまさに、10年後、20年後、30年後のあなたの人生を決定づけます。

 

 

 

 

 

第十三章 読書サークルに入ったり、読書メーターを活用したりし、他人と一緒に読書を楽しむ

 

 

 

 

 

また、当然ですが読書は、一人でやらなければならない、ということはありません。

 

 

 

むしろ、なにかの読書サークルに入る、あるいはネット上で他人とレビューを交換したりすれば、いろんな発見があり、楽しく続けられます。

 

 

 

もしあなたが、それほど意志の強くない人であるなら、むしろそちらの方がオススメです。

 

もちろん、「読書メーター」などを活用するのは、非常に良いアイデアです。

 

 

 

読書メーター
https://bookmeter.com

 

 

 

私の若いころは、まだネットなどが普及していなかったので、どんな難解な書物でも、自分一人で考え、読み進むしかありませんでした。

 

 

 

それを思えば、いつでも書物にかんする情報と、その本をすでに読んだ人たちと、すぐにアクセスできる現代とは、いい時代です。

 

 

 

あなたには、文明の利器を存分に活用しながら、何百年、何千年前に生きた賢者の思想に、触れてもらいたいと思います。

 

 

 

 

 

第十四章 若いあなたへのオススメの書物たち

 

 

 

 

 

さて、あなたとはこの章でお別れです。(*^^*)

 

 

 

 

ここまで読んでくださった若いあなたに、私からオススメの書物をご紹介したいと思います。

 

 

 

これらはまさに、人類何百年、何千年の歴史の重みに耐え抜き、生き残ってきたものばかりです。

 

 

 

これらを読むことで、あなたの読書経験値は、急上昇すること、請け合いです!!  \(^o^)/

 

 

 

しかもすべて薄く、歴史的大作古典でありながら、がんばれば中学生でも読めるものばかりを、選びました。

 

 

 

どうかこれらの書を、あなたの血肉にしていただきたいと、思います。

 

 

 

 

1.『シラノ・ド・ベルジュラック』 ロスタン 著

 

真にオトコにとって「カッコいい」生き様と心がけが、わかります。
容姿でも腕力でもない、どんな時代でも、オトコにとってもっとも大切なものを教えてくれます。

 

 

2.『星の王子様』 サン・テグジュペリ 著

 

子ども時代には直観的に知っていたけれど、大人になるにつれ忘れてしまう「本当に大切なもの」が、わかります。
どうか、あなたがイヤな大人になってしまう前に、ご一読ください。

 

 

 

 

3.『野性の呼び声』 ジャック・ロンドン 著

 

これを読んで、「文明」と「野生」の対比について、考えてもらいたいと思います。
そこからあなたなりに、「生きるとは、どういうことか」が見えてくるでしょう。

 

 

 

4.『聖書

 

ご存じ、ユダヤ教やキリスト教の聖典です。
これはとかくぶ厚いので、『旧約』、『新約』両方を読破しようとすれば、膨大な時間がかかります。
ちなみに私は、口語版を4回、文語版を2回読みましたが、最初に熟読したときには、1年近くかかりました。
ですので、本格的な研究をするのでなければ、『旧約聖書』の『創世記』と、『新約聖書』の『マタイの福音書』だけ読めば、充分です。
それだけなら、2週間から1月ほど、ヒマを見つけて読めば、読了できると思います。
この書に書かれていることは、西洋人や現代のグローバルスタンダードのバックボーンとなっている思考です。
よって、これからのグローバル社会を生きていくあなたには、必読の書といえるでしょう。
とくに「契約」の概念について、注意して読んでほしいと思います。

 

 

 

5.『論語

 

わが国における、倫理の根本思想です。
内容は、現代語訳で読めば、そんなにむずかしくはありません。
ああ、むかしからおなじみのあの常識は、ここから来ていたんだ」ということを、知ってもらいたいと思います。

 

 

 

6.『老子

 

西洋思想に対する、方法論としての東洋思想の原点です。
ですから『老子』の思想は、わが国の芸術、古典文学、医学、武道などの源流といえます。
自然観、死生観、社会観、人生観、身体観など、西洋のものと比較しながら、読んでもらいたいと思います。

 

 

 

7.『孫子

 

戦争における戦略、戦術の書です。
「策を弄する」ということがどういうことか、よくわかります。
これが記されたのは、いまから2500年も前ですが、現代のアメリカ陸軍士官学校でも、「バイブル」として読まれているほど、優れた書物です。
「『孫子』の思想を、ビジネスに活かす」ことを謳う書物は、よくありますが、ならいっそ、最初から原典に当たったほうが、早いです。

 

 

 

8.『ジキル博士とハイド氏』 スティーブンソン 著

 

善と悪の葛藤など、人間の認識について、その複雑な構造がよくわかります。

 

 

 

9.『モルグ街の殺人事件』 ポー 著

 

史上初の、近代推理小説です。
人間の想像力のすごさと、論理の正しい使い方が、よくわかります。

 

 

 

10.『若き詩人への手紙』 リルケ 著

 

あなたが将来、なにかをなそうとしているなら、若い現在をどうすごせばいいか、教えてくれます。
もし、いまのあなたが若くて孤独なら、その意味と意義もわかります。

 

 

 

11.『恩讐の彼方に』 菊池寛 著

 

人のために生きることが、本質的には『自分のために生きること』だ」ということが、わかります。
人生で大事をなして、人生を悔いなく生きたいと思うあなたに、オススメします。

 

 

 

12.『方丈記 鴨長明 著

 

時間の無限性と、人間の人生の有限性を知るために、読んでほしいと思います。
そうしてあなたには、有限な人生を有意義に生きてもらいたいです。

 

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

人間が本を読む理由は、大きく3つあるように思います。

 

 

 

それは、まずは娯楽のため、次に実用目的のため、そして最後に、自己変革のためです。

 

 

人間は動物と異なり、理性を持っていますので、「外部から創られた自分」を、自分の意志で、「好きな自分」に変えることができます。

 

 

 

そのときに役立つのが、読書です。

 

 

 

読書は、読者を彼が生きている世界から、空間的にも時間的にも、自由に離すことを可能とさせます。

 

 

 

そのため、人は本を読むことで、自分自身や自分が生きている社会をも、相対化、客観化できます。

 

 

 

そうした作業をくり返すことで、人間は自身の人格さえ、自由に改造することもできるのです。

 

 

 

もしあなたがふだん、本を読まない人であっても、私が読書を勧めるのは、そうした理由からです。

 

 

 

読書へのアプローチも、自分の夢や将来の目的から入る、自分の欠点を埋めるために始める、最初は娯楽から開始する、等があります。

 

 

 

どうかあなたに合った、読書のスタイルと本を見出し、あなたの人生をより豊かで有意義なものにしていただきたいと、思います。

 

 

 

とくに若いうちは、「これこそ、わがバイブル」と思える書物と出会えるかどうかで、後の人生にまで大きく影響をあたえるのですから。

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

 

応援を、よろしくお願いいたします。(`・ω・´)ゞ

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