教養とは二義あり。専門の土台となるリベラルアーツと、人格形成のための修養。どう身につける?

はじめに

 

 

 

 

 

世間では、「教養」という語はかなり、あいまいに使われています。

 

 

 

たとえば嫁入り前のお嬢さんのたしなみであったり、金銭的に余裕がある人の高等な趣味のように、思われていたりします。

 

 

 

そうしてその真の意味や意義については、あまり深く吟味はされません。

 

 

 

ところが私から見れば、「教養」とは人が生きていくにあたり、相当な重大事に思えます。

 

 

 

なぜなら、個人が文明社会において教養を身につけることは、「その人が人間であること」を決定づける重要な基本事項だと考えるからです。

 

 

 

この点で述べれば、私から見たら教養の機能は、2点あると思います。

 

 

 

まず第一点は、現代人は基本的にだれでもが専門分野を持っていることが前提ですので、その基盤となるリベラルアーツである点。

 

 

 

次に、人が文明社会を生きるにあたっての、人格の根底となる修養である点です。

 

 

 

上記の点をよく顧みながら、現代社会を生きる「あなた」にとって、「教養」が持つ意味を、述べていきたいと思います。

 

 

 

 

 

第一章 現代の学校で習うものの大半は、日常生活に直接に関係ない「教養」

 

 

 

 

 

まずあなたには、以下の点に留意していただきたいと思います。

 

 

 

われわれの住む日本社会では、9年間におよぶ義務教育、および事実上、義務教育化された3年間におよぶ高等教育があります。

 

 

 

そのなかにおいて教えられるものは、ほぼすべてが「教養」なのです。

 

 

 

その証拠に、そこで教えられるもので、日常生活や社会生活において、どうしても必要とされるものは、小学校の中学年くらいまでのもので充分だからです。

 

 

 

たとえば数学でも、中学2年で習うような連立方程式や2次関数などは、社会に出ればほぼ使うことがありません。

 

 

 

もしあったとしてもそれは、エンジニア等のかぎられた職種の人たちにとってのみです。

 

 

それでも2020年の現在において、高等学校への進学率は、定時制や通信制などもふくめると、99パーセントに近く、ほぼ100パーセントといって問題ありません。

 

 

 

つまりわが国では、99パーセントの生徒やその親たちは、社会で直接的に役立つとはかぎらない「教養」を学ぶため、高校進学を希望しているといえます。

 

 

 

もちろん彼らの大半は、高校で教わる知識そのものより、卒業証書や学歴を望んでいるのでしょう。

 

 

 

なにしろ現代社会では、少なくとも高校くらいは出ておかないと、良い職には就けないし、世間体も悪いと思われているからです。

 

 

 

しかしそれでも、高等学校で教えられるものの内容は、教養がほとんどである事実には、変わりありません。

 

 

 

 

 

第二章 高等学校で学ばれる「教養」の中身の本質とは

 

 

 

 

 

さらに、です。

 

 

 

大学受験においては一般に、数ある学科のなかで医学部がもっとも難解で、そこではほぼ例外なく、高等数学が入試で出題されます。

 

 

 

この事実は、何を意味するのでしょう?

 

 

 

この点を述べれば、大学医学部では、受験生に数学の知識そのものが要求されるのではなく、数学的思考が求められている、ということです。

 

 

 

そもそも「数学」とは何かというと、あらゆる科学の根底となる基礎科学であり、数の運動の理論です。

 

 

 

またそのため、もっとも無機的で平板でありながら、「主観」の入り込む余地のない、論理の世界でもあります。

 

 

 

ただしこの点をくわしく述べれば、高等教育で教わるあらゆる教科が、「論理の世界」であることには、変わりありませんが。

 

 

 

下に、各教科が学ばれる本質的な意義と、定義を表したいと思います。

 

 

 

 

国語……小説、詩、古文などによる情緒性。および論文読解等を主観を排して、作者の主張を正確に論理として理解する能力。

 

 

 

英語……近年は実用に傾きがちだが、元来は英米人の思考パターンや、英米文化のあり方を、言語という根源から理解すること。

 

 

 

社会……人間は社会的存在であるため、個人は社会のなかでしか生きられない。
よって、その社会の構造、われわれの社会がどういう過程を経てできたか(歴史)、世界の現状はどうなっているか(地理)といった点を理解すること。

 

 

 

科学……人間も動物も地球も自然から生まれたのだから、自然こそが万物の母。
したがって、人間をふくんだ各種動物のあり方(生物)、自然の法則(物理)、自然の物質がどう変化するか(化学)を学ぶ。

 

 

 

美術……視覚的芸術感性の育成と、実際に手先を使っての創造のトレーニング。

 

 

 

音楽……聴覚的芸術感性の育成。

 

 

 

体育……健全な肉体の育成。

 

以上です。

 

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第三章 元来の理念どおりにはいかない、日本の教育現場

 

 

 

 

 

こうして見ると、高等学校までの教養を深く学ぶのは、いいことずくめのように見えます。

 

 

 

ところが現実には、そうはなりません。

 

 

 

少なくとも、高等教育における教育の理念どおりには、生徒は育たないのが現状です。

 

 

 

実際にはそこに多くの問題が存在するから、これまで多くの改革がなされてきました。

 

 

 

これはたとえば、2002年度より本格的に導入された「ゆとり教育」が挙げられます。

 

 

 

 

よく批判されるように、「ゆとり教育」によって、日本の学生の学力が大きく低下したのは、事実です。

 

 

 

また結果だけ見れば、「ゆとり教育」自体は失敗だったと、結論づけざるをえません。

 

 

 

しかし現実の教育のなかで、「ゆとり教育」が導入されるに至った必然性は、それなりに存在します。

 

 

 

それは、いわゆる「詰め込み教育」による弊害です。

 

 

 

まず日本の教育の過程には、「受験戦争」という強烈な競争原理が働いていたため、当時としてはそれを緩和させる必要があったのです。

 

 

 

その受験戦争のため、個々の生徒にあまりに多くの情報が、「知識」として詰め込まれたのが、もともとの発端です。

 

 

 

ここで「知識の詰め込み」は本当に問題があるかといえば、やはり存在すると言うしかありません。

 

 

 

というのは、受験戦争の最終勝者と思われる東大生のうち、4人に1人がアスペルガー症候群や発達障害などの精神病に、潜在的にかかっていると思われるからです。

 

 https://www.j-cast.com/2016/02/04257610.html?p=all

 

 

また、その東大生のなかでも頂点にある、東大法学部卒の官僚たちは、お世辞にも知恵も倫理観も、レベルが高いとはいえません。

 

 

 

現在ではどんどんと実学志向が広まり、大学の一般教養課程など、次々に廃止されている傾向があります。

 

 

 

しかし私はむしろ、現代の若者は上記理由から、深刻な教養不足にあると感じます。

 

 

 

たとえばアメリカ等では、日本の大学にあたる「カレッジ」や「ユニバーシティー」における勉強は、リベラルアーツの場と考えられています。

 

 

 

そして本格的な専門の勉強は、「グラデュエート・スクール」、つまり大学院から始まるシステムになっています。

 

 

 

なんでも欧米のマネをする風潮には、私も反対です。

 

 

 

しかし昨今の日本の若者の「教養不足」を補うには、むしろそうした教育システムのほうが、いいのではないかと考えます。

 

 

 

また、早期に専門職を身につけたい若者は、専門学校に行けばいいとも、思います。

 

 

 

つまり私の考えでは、日本の大学はすべて、教養課程の場にするのがいいと、ずっと思っています。

 

 

 

 

 

第四章 「誤った教養の学び」ゆえに失敗を続けた、現代の財務官僚と戦中の海軍将校たち

 

 

 

 

 

たとえば高級官僚たちは、戦後の高度経済成長期には、たしかに日本を豊かにしました。

 

 

 

しかしそれは、「冷戦」という安定した時代の出来事であり、日本の背後には、アメリカがいたからです。

 

 

 

彼らは、後先を考えずにバブルを起こし、それを鎮めるため、6回も市場に強烈な規制をかけました。

 

 

 

その結果として、バブルはあまりに急激に崩壊したため、その後の「失われた30年」を生み出したのでした。

 

 

 

 

その30年のあいだ、政治家以上の実権を持つ彼ら財務官僚(バブル時には、大蔵官僚)は、現実の経済危機に対し、まったくの無為無策でした。

 

 

 

それどころか、深刻なデフレ時に政治家を使い、消費税を3回も上げるという、狂気の政策をなしたのです。

 

 

 

もちろん消費税を上げるたびに、国民の購買意欲は減少したため、国庫へ入る税収そのものが減少しました。

 

 

 

また当然に、そのためデフレや不況はさらに進行し、雇用は滞ったため、庶民はより苦しむことにもなりました。

 

 

 

つまり財務省の東大卒役人たちは、デフレ促進により、国も民も貧しくなるという、愚かきわまりない政策を、懲りずに3回もくり返したことになります。

 

 

 

財務官僚らがそのように行動した原因は、第一点として、それにより財務省の仕事や権限が増え、彼らの利権や天下り先が発生するから、というものでしょう。

 

 

ですがひょっとして、財務官僚のなかには、本心から社会のためと思って、政治家に増税を迫った者もいるかもしれません。

 

 

 

ならばそういう人たちは、純粋に税金を上げれば、税収が増えると、単純に考えていたことになります。

 

 

 

これはおそろしく、マニュアル的な発想です。

 

 

 

もしこれがインフレ時ならば、人はおカネを払ってでもモノを買いたいと思うので、適切な政策といえるかもしれません。

 

 

 

しかし、デフレ時にこれをやれば、庶民はなるべくおカネを使いたくないのですから、財布のヒモがより固くなるのは、当然のことです。

 

 

 

「経済は、人間の心理で動く」。

 

 

 

こんな単純明快な理屈さえわからない人物たちが、わが国の税金を管理し、コントロールしているのです。

 

 

 

そんな恐ろしいことは、ちょっとありません。

 

 

 

また、消費税増税が国力衰退を招くとわかっているのに、これを自分の利権のために断行しようという官僚も、小賢しいようでいて、本質的にはバカです。

 

 

 

なぜなら、彼らは国家への寄生虫として、存在しているからです。

 

 

 

ならば、宿主である日本国が衰退すれば、自分たちが吸い取れる「養分」も減っていくことが、わからないからです。

 

 

 

これはちょうど、「自分の足を食べるタコ」と同様です。

 

 

 

日本の国力を落とし、いまの自分の権益を守ることが、将来的に自分自身の身の破滅を招くことにつながると、わかっていない、というべきでしょう。

 

 

 

ところでこうした例は現代だけの話かといえば、そうではありません。

 

 

 

じつは先の戦時中にも、同様のことがあったのです。

 

 

 

当時、海軍士官学校卒のエリート将校たちは、マニュアル通りの作戦ばかりを立て、それをことごとく米軍に読まれ、連敗を続けたという史実があります。

 

 

 

先の大東亜戦争における最大の敗因は、「兵站」、つまり兵士の食糧や武器の補給にあったことが、現在では明らかになっています。

 

 

 

 

 

というのは、南方に派遣された兵士たちは、直接の戦闘で死んだ者より、物資の不足で飢え死に、病死した者のほうが、ずっと多いとされているからです。

 

 

 

先の大戦において、日本軍の輸送船は、つねに護衛艦もつけずに単独航海していたため、そこを米軍の爆撃機からの爆撃で、沈められました。

 

 

 

 

ところがエリート将校たちは、何度おなじ目に遭っても、輸送船を米軍に沈められるという失態をくり返したのです。

 

 

 

現代の財務官僚にせよ、当時の海軍将校にせよ、共通しているのは、マニュアル的思考はできても、状況に応じた柔軟な発想ができないという点です。

 

 

 

その原因はすべて、元来なら高度な思考の基盤となるべき、豊かな教養を、平面的な知識として学んでしまったから、といえるでしょう。

 

 

 

彼らに欠けているのは、教養を学ぶにあたり、視覚以外の五感やカラダを使った、有機的で立体的な学習の仕方です。

 

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第五章 私が「教養」から得た多くの物事

 

 

 

 

そうした事実から見えてくるのは、われわれが教養を学ぶにあたっては、感性を総動員し、情緒性も論理性も、感情豊かに学ばなければならないという教訓です。

 

 

 

その意味であなたは、現代の高級官僚や戦中の海軍士官などを、反面教師として見るべきでしょう。

 

 

 

さて私の場合ですが、私が受験生だったころは、精神病が本格化してきた時期だったため、大学受験はまともにしませんでした。

 

 

 

ですが、結果としてそれは吉と出ました。

 

 

 

というのも私は後に、独学で勉強を重ねるときになって、受験勉強的な学び方をせずにすんだからです。

 

 

 

私は19歳くらいから、自分独自の勉強を始めましたが、その際に意識したことは、なにかを学ぶにあたって「感じるクセ」をつけることでした。

 

 

 

私が基礎教養として最初に手をつけたのは、文学と歴史でした。

 

 

 

当時は記録やメモは取っておりませんでしたが、なにを学ぶにしても「自分なら、こうする」、「自分の意見では、こう」と考えるように、意識していました。

 

 

 

またなぜ、文学と歴史だったかというと、それらがあらゆる学問のなかで、もっとも基本的だと思ったからです。

 

 

 

すべての学問は、根底でつながっています。

 

 

 

ならば、基礎的なものを最初にしっかり学べば、後に学習する高等なものを支える土台となると、当時の私は考えたのでした。

 

 

 

そうしてその目論見は、的中しました。

 

 

 

その後私は、哲学を中心に勉強を進めていったのですが、歴史や文学を学ぶことで得た気づきは、哲学理解におおいに役立ったのです。

 

 

 

くわえて私は、文学、歴史の学びから、つねに「人間」を見ていました。

 

 

 

そこから当時の私はコミュ障だったのですが、自分の日常生活でも主に対人関係でそれを応用し、「人間嫌い」、「コミュ障」を克服したのです。

 

 

 

結果として現在の私は、聴き上手の話し上手として、どこに行っても、だれとでも、うまく関係を築くことができます。

 

 

 

それというのも、若いころに身につけた教養が、私の修養となったからです。

 

 

 

そもそも人が他人を嫌うのは、その人のなかに自分の欠点を見るから、という点が大きいです。

 

 

 

ならば、教養を身につけ、弱点や欠点が少なくなっていくと、むしろ人が恋しくなります。

 

 

 

というのも、そうすることで他人を、「自分が持っていないものを、持っている人」として尊敬できるようになるからです。

 

 

 

そのように教養がついてくると、物事のマイナス面ではなく、プラスの面を見ることが可能となっていきます。

 

 

 

また私は、教養を積み重ねる過程で忍耐力がついたため、現在ではたいていのことに耐えられるようになっています。

 

 

 

たとえば人からどんな陰口を叩かれようと、他人から笑われようと、まったく気になりません。

 

 

 

つまり私は、教養によって「蒙(もう=暗さのこと)」が拓かれ、自由になったといえます。

 

 

 

さらに私は、教養のおかげで、つねに極端から極端に走る自分の意識を、ちょうどいい具合に安定させることが、できるようになりました。

 

 

 

これは「中庸」という教えで、これの重要性については、儒教の創始者・孔子も、仏教の開祖・ブッダも、古代ギリシア哲学の大成者・アリストテレスも説いています。

 

 

 

そうした教養の作用や私自身の経験については、下記ページでたっぷりと述べましたので、参考にしていただきたいと思います。

 

 

 

読書をする真の意味は、「新しい自分を創ること」。本を読み、自由な世界を手に入れよう!

 

http://nayamimuyou.net/jinsei/dokusyo.html

 

 

 

 

 

第六章 読書や文化活動を通じて、「文化力」、「人間力」の向上を!(≧∇≦)/

 

 

 

 

 

そうしたことから、私はいまでは各種学問のおかげで、「人間の気持ち」を読むことができるようになりました。

 

 

 

これは、自分の目の前にいる人だろうが、歴史上の人物についてだろうが、です。

 

 

 

そのために、私はほとんどの対人関係を、スムーズにやりこなせます。

 

 

 

よって若いあなたは、将来になにかをなそうとするなら、現在はその基盤となる「教養」を身につけることを、オススメする次第です。

 

 

 

それにより、あなたが身につけるべき実力の土台が手に入りますし、やっかいな人間関係も、うまくやり過ごせるからです。

 

 

 

といっても、具体的にどうするかですが、まずは先ほど私がご紹介したページの第十四章などを、参考にしてください。

 

読書をする真の意味は、「新しい自分を創ること」。本を読み、自由な世界を手に入れよう!

 

http://nayamimuyou.net/jinsei/dokusyo.html

 

14 第十四章 若いあなたへのオススメの書物たち

 

 

 

こうしたものを、はじめは基本として抑え、それからご自分なりに、読書計画を立てていくのは、いいアイデアです。

 

 

 

さらにもちろん、「教養」とは読書ばかりを指しません。

 

 

 

本を読む過程で、すばらしい文化活動や趣味なども、見つけられるかもしれません。

 

 

 

 

読書の良さは、「本を読む」という元来の過程のなかで、多くの思わぬ発見があることです。

 

 

 

そうしてご自分に合ったものを見つけたら、若いうちならとくに、それに取り組むこと自体が、あなたの「文化力」、「人間力」を上げていきます。

 

 

 

さらに教養を身につけることのメリットを述べると、外国人や遠方出身の初対面の人に会っても、共通の話題が持てることです。

 

 

 

これは私が、アメリカへ留学したときも、日本の私大に通っていたときも、痛感したことです。

 

 

 

「その人の生まれた地域の文化を知っている」というだけで、どんな人とも急速に仲を縮められます。

 

 

 

たしかに昨今は、「クール・ジャパン」といわれる、アニメやマンが等のサブカルチャーが世界的に知られています。

 

 

 

そうしたものを共通の話題として、他国の人と仲良くなるのもいいでしょう。

 

 

 

ですがやはり、向こうがこちらに興味を持ってくれるのなら、こちらも礼節として、相手の文化や歴史、言語などを知っておくべきです。

 

 

 

ひと昔前の日本の政治家、経営者、ビジネスマンなどは、外国のインテリから「天気とゴルフしか、話題がない」と言われました。

 

 

 

または逆に、たとえばフランス文学専攻の学者は、フランスについての知識しかなく、自国・日本のことを全然知らないので、呆れられたりもしました。

 

 

 

ですが今後のグローバル社会では、あなたは間違いなく、対面だろうがオンラインだろうが、外国の人とやり取りをする機会が増えるでしょう。

 

 

 

そんなときに、自国の文化や歴史とともに、相手のバックグラウンドを深く知っておいて、大きな得はあっても、まず損はないと思います。

 

 

 

ドイツの文豪・ゲーテも、以下のように述べています。

 

 

 

 

「外国語を知らない者は、自分自身の言語について何も知らない」。

 

 

 

「ドイツ人は、あらゆる国の客人と話せるようになるため、あらゆる国の言葉を知っておくべきだ」。

 

 

(『ゲーテ格言集』より』

 

 

 

 

 

 

 

 

第七章 真の教養を身につけるのに、ふさわしい歴史的良書たち

 

 

 

 

 

さて、最後にこの章では、前回にご紹介したのとは別の、やや難解で高度だけど、後にどんな学問や専門を学ぶにせよ、土台となる書籍を、ご紹介していきます。

 

 

 

どうかここで私が挙げる書物を参考にして、あなただけの教養を深めていっていただきたいと思います。

 

 

 

なお、どんな良書、名著であろうと、あまりに難解なもの、長いものは、意図的に除きました。

 

 

 

それはもちろん、あなたが時間のない人という前提でいるからです。

 

 

 

これからご紹介するものにしても、読了するのは容易ではないと思いますが、読むことの効果は、後々、充分なお釣りがついて、返ってくると申しておきます。

 

 

 

 

1.『弁証法はどういう科学か』 三浦つとむ 著

 

「弁証法」という、私の思考のバックボーンとなっている考え方が、学べます。
またこれは、あらゆる学問や高度な実践をなすときにも、役立つ方法論です。

 

 

 

 

2.『歴史哲学講義』 ヘーゲル

 

ヘーゲルは19世紀のドイツを生きた哲学者で、論理のダイナミックさ、言及した分野では、哲学史上、最高の人物です。
本書はヘーゲルの講義を、後に聴講者のノートを集めて編集したものですが、これを超える歴史書は存在しないと、断言できます。
この書から、世界がどのように発展してきたか、学ぶといいでしょう。

 

 

 

 

3.『五輪の書』 宮本武蔵 著

 

根底に道教思想などをふくんだ、最高の武道論です。
この教えを応用し、人生論やビジネスに活かすこともできます。

 

 

 

 

4.『風姿花伝』 世阿弥 著

 

能楽の大成者、世阿弥による能の上達論で、わが国の文化史上、最高峰ともいえる書物です。
もしあなたが日本文化の真髄、奥義を学びたければ、必読の書です。

 

 

 

 

5.『ゲーテ格言集』

 

ゲーテは、18世紀から19世紀のドイツに生きた、ドイツを代表する文豪です。
彼はまた、イギリスのシェイクスピア同様、遺した格言も、物事の本質を突いていると評判の人物です。
本書は、わかりやすくかつ、人生や学問、人間関係や仕事などについて、重要な示唆をあたえてくれます。
薄い本ですので、簡単に読めます。

 

 

 

 

6.『人間の頭脳活動の本質』 ディーツゲン 著

 

正しい論理展開で、人間の認識活動について、平易に知ることができます。

 

 

 

 

7.『種の起源』 ダーウィン 著

 

宗教から離れたところで、人間の進化の謎について迫った、あまりに有名な書物です。
適切な論理展開で、生命が進化していった様子が描写されています。
これを読むことで、正しい論理能力が身につきます。

 

 

 

 

8.『利己的な遺伝子』 ドーキンス 著

 

著者は現代を生きる、イギリスの生物学者です。
ドーキンスはダーウィンの信奉者で、ダーウィンの論理を遺伝子の活動に当てはめ、生物の本質に迫ろうとしています。
本書を読むことで、現代の生物学のあり方と、それを取り巻く環境が、よくわかります。主観を排した冷徹な科学思考を学びたければ、本書は必読です。

 

 

 

 

9.『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 マックス・ヴェーバー 著

 

 

現代の利潤追求の資本主義社会が、宗教改革以降に現れた、質素倹約を旨とするプロテスタントから、どう生まれ、どう発展してきたかが、逆説的に説かれています。
これから世界が突入するであろう、超高度な資本主義社会の形態を予測する意味でも、読むべき一冊です。

 

 

 

 

10.『正統とは何か』 チェスタトン 著

 

行きすぎた現代の「リベラル」=「左翼」たちの行動原理が、皮肉なカタチでよくわかります。
すでに存在し、充分に役立っているものを捨ててまで、物事や社会は改革すべきでない、というのが著者の主張です。
現代の保守派思想家たちの、バイブルともなっている本です。

 

 

 

 

11.『現代人は愛しうるか―黙示録論』 D・H・ロレンス 著

 

「近代」という個人主義の時代が、どれだけ個々の人間を孤立させ、抑圧してきたかがわかります。
世代や家族、個人が分断された現代日本のあり方をも、本書から読み取れます。

 

 

 

 

12.『罪と罰』 ドストエフスキー 著

 

 

近代までの人間には、行動規範や倫理観が、宗教の教義として刷り込まれていました。
それに逆らい、独りよがりの合理主義に従って行動してしまった青年の悲劇と救いが、描かれています。
どんな時代であろうと、人を最終的に救うのは、「愛」しかないのだと、わかります。

 

 

 

 

13.『ファウスト』 ゲーテ 著

 

ドイツの大文豪である著者が、構想から完成まで60年を費やして書いた、ライフワークです。
学問一筋の人生、恋愛、地上での富と名声に満ちた生活、天界での暮らしなどを経た末に、主人公は最後に、人間にとってもっと重要なものを悟ります。

 

 

 

 

14.『空想から科学へ』 エンゲルス 著

 

筆者は、共産主義を唱え、20世紀の世界で大混乱を引き起こしたカール・マルクスの親友です。
本書では、観念論と唯物論という、2つの世界観、および近代以降における資本主義の進展などが、記されています。
本書を読むことで、「万物は変化する」という前提での思考方法が、わかります。

また、現代の変質しまくった「サヨク思想」ではなく、元来、マルクスやエンゲルスが唱えた原理的な「共産主義」のあり方も見えてきます。

これを読み終え、共産主義やマルクス主義などに関心を持ったら、『共産党宣言』、『ドイツイデオロギー』、『反デューリング論』、『フォイエルバッハ論』等に進むといいでしょう。

 

 

 

 

まとめ

 

 

 

 

 

現代では、教養とされる学問等は多くありながら、それらが正しく学ばれていないという実態があります。

 

 

 

とくに受験勉強的な仕方でなされた「教養」の蓄積は、高級官僚のような、知的でも倫理的でもない頭脳を創ってしまいます。

 

 

 

そうならないためにもあなたは、教養を積むにあたり、自分の感性をフルに活用することです。

 

 

 

そうして積み上げられた教養は、あなたが専門を学ぶ際の土台にもなるし、あなた自身に、自分が望むような人格をもたらすことでしょう。

 

 

 

どうか、多くの良書や優れた文化に直に触れながら、「あなた自身」を創り上げていってもらいたいと、思います。

 

 

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自己紹介 ほんわか

みなさん、はじめまして。(*^^*)

ほんわかと申します。

私は現在は、雑誌ライターさんなどやってます。
成長過程での歪みにより、発達障害やアトピーを、50年近く患い、30年以上かけてほぼ完全に克服しました。

 

その過程で、多くの学問、健康法、整体術などを習得し、自分と同じような立場の人、100人ほどの相談に乗ってきました。

 

またネット上のものも含めると、これまでに私がアドバイスしてきた人は、500人以上に上ります。

 

ちなみにその成果として、下記のようなサイトも立ち上げています。(^^ゞ

 

よろず人生問題を、哲学的方法でズバリ解決!悩みよ、さらば
http://jinseitetsugaku.com/

 

この経験を、少しでも多くの人に役立ててもらおうと思い、当サイトを立てた次第です。

 

これからの厳しい時代、かつての私以上に弱い人でも生き残れる方法論を、どんどん発信していくつもりです。

 

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